「No one is perfect(完璧な人はいない)」に学ぶアメリカ人のこころ

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タカコ

こんにちは、アメリカ在住ライターのタカコです。

在米4年目になりますが、英語のことは日々勉強です。

「あれ? この言い方でいいのかな?」とか「こんな時はどんな言い方にすればいいのかな?」と気になったときは、できるだけ早く夫(アメリカ人)や義両親に聞くようにしています。

ところが、聞きそびれてしまうこともたまにあります。今回は、2年越しでその謎が解けたことについて書きたいと思います。

「Be quiet, please」と言われた夫

2年以上前のことです。

娘が生まれる前、私は夫と義母と一緒に日本に里帰りしました。

その日本に向かう飛行機の中で、夫は義母と話す声がだんだん大きくなっていました(夫は話に力が入ってくると、少し声が大きくなってしまう人です)。

私は、それに気づいていたのですが、少し様子を見ていました。すると、夫の後ろに座っていた20~30代の日本人男性二人組から、いきなり……

「Be quiet, please」

と言われたのです。

夫は「Oh, sorry」と言ったあと、夫と義母は、その後日本に着くまでの数時間、一言も話しませんでした。

なんだかよくわからないけど、違和感……

夫が「Be quiet, please」と言われたとき、私はとても違和感がありました。

「他人から注意されて、ちょっと恥ずかしい」というような感覚ではなく、「あれ? なんかこの言われ方、嫌な感じだな」と。

夫が注意されたということもあって、私からその話を持ち出すことになんとなく気が引けて、そのまま何もなかったことのようにしました。

他人に命令表現は使ってもいいの?

なぜ違和感があったのか、自分なりに考えてみました。

「Be quiet」、中学校で命令形を習った時に出てきました。「静かにしなさい」という意味ですね。

言われたときは「please」がついていたので、少し丁寧なニュアンスにはなっています。

でも、いくら「please」がついていても、飛行機で乗り合わせた他人に、命令表現で言うのは、ちょっと失礼な気がしたのです。

もし学校の先生なら生徒に……そして自分の子どもならそう命令形で注意するでしょう。

もう少し丁寧な表現があるのでは?

でも、知らない子どもが少しうるさくしていたら「静かにして!」と言わず、「もう少し静かにできるかな?」とか「もう少し小さい声で話してくれるかな?」と言いませんか?

他人のおとなに命令形なんて、日本人同士でもあまり使わないのではないでしょうか。

そもそも、「Be quiet」は「しゃべらないで」と言っているようなものです。

映画を見るのが目的の映画館で、ぺちゃくちゃしゃべっていたら、そう言われても仕方がないと思います。

でも、しゃべることを禁止されていないはずの飛行機の中で他人に「しゃべらないで」と強制するのも、何か違う気がしました。

2年前のことを夫は鮮明に覚えていた

2年間のモヤモヤを晴らすため、「Be quiet」と他人に言ってもいいのか、夫に聞いてみました。

「覚えているかどうかわからないけど……」と切り出したのですが、夫はそのときのことを鮮明に覚えていました(笑)。

「たぶん、英語をあまり知らない人だったんだと思うけど、あの言い方はちょっとね……」と。本当は文句を言いたいくらい、腹が立っていたようでした。

そもそも、夫の感覚では、他人にはあまり注意しないそうです。ただ、「あまりに長時間うるさいとか、子どもを寝かせたい、とかなら言うかも」と。

他人にあまり口出ししないのは、注意された人がどんな人かわからないからだそうです。注意したことによって、トラブルに巻き込まれるのを避けるためだとか。

アメリカ人の持つ考え方

アメリカ人は「right(権利)」にとても敏感です。公共の場では、誰もが等しく(肩身の狭い思いをせず)、その場にいる権利があって、みんながそれを認め合っています。

また、よく聞くフレーズに

「No one is perfect(完璧な人はいない)」

があります。

長時間、異常に興奮した状態とか、お酒に酔っているとか、自分の身の危険を感じるとか、それくらいのレベル以外の「『ちょっとしたこと』は大目に見よう」という感覚のようです。

文字にすると変な感じがするのですが、公共の場ではいろんな人がいる中で、いかにその空間を共有するかというのが、アメリカ的な考えのような気がします。

一方で、いかに周りの人に気をつかい、迷惑をかけないようにするのが日本的な考えのような気がします。

アメリカでは、公共の場で泣いてしまう赤ちゃんにすごく寛大なのも、もしかしたら関係があるかもしれません。

私も飛行機の中を含め、いろんなところで娘が泣いて、その度に周りの人に謝ってきましたが、誰一人として嫌な顔をする人はいませんでした。

性別や年齢に関係なく、「気にしないで」「赤ちゃんは泣くのが仕事」などと言ってくれました。

他人に命令形を使うのは失礼

「Be quiet」の表現に戻りますが、夫はこう言っています。

「そのときの声は少し大きかったかもしれないけど、何時間もそうだったわけじゃない。

人に危害も加えていない。もし、自分がそんな人の横にいても、注意なんかしないよ。

長時間の移動は疲れるし、普段と違う精神状態で、たまたま声が大きくなっているのかもしれない。

ましてや『Be quiet』は command でしょ? ありえないよ」

……と。

「command」? コマンド……そういえば、昔、テレビゲームで見たような。「指示」とか「命令」ということですね。

やっぱり、他人に命令形を使うのは、かなり失礼だったようです。

私が実際に聞いたときも違和感があったのですが、夫の言い方から判断すると、それを軽く超えてしまう「かなりの失礼さ」でした。

命令形で言うよりも「やんわりお願いする」

「……していただけますか」「……してくださいませんか」というような、人に丁寧な言い方でお願いする表現に、

Could (Can) you please ……?

があります。「please」は文末でもかまいません。

可能表現で使う「could(can)」を使っているだけあって、「……していただくことは可能ですか?」というような感じで、命令ではありません。

「can」は「could」よりもちょっとカジュアルな感じで、「……してくれる?」といったニュアンスです。

例えば今回のような場合、どうしても言うなら、

「Excuse me, could you talk a little quiet please?(すみませんが、少し小さい声で話していただけませんか?)」

……のような表現にしましょう。

ほかにも言い方はいろいろあります。静かにする(ボリュームを落とす)=turn downという言い方から、「Could you please turn it down?」とかでもいいですね。

正しい言い方を知らずに使うのは危険

今回の話題で夫と話してみて特に思ったことは、正しい言い方を知ったうえで声をかけないと、トラブルに巻き込まれる可能性があるということです。

また、日本では、「人に迷惑をかけてはいけない」という風潮があります。

それはその通りだとは思うのですが、公共の場所で泣いてしまった赤ちゃんの親に心無い言葉をかける人には疑問があります。

故意ではなく周りに迷惑をかけてしまう人を、悪のように扱うのはどうなんでしょうか?

また、その迷惑の程度というのは人それぞれで、文化や国を超えると、どこから迷惑かという線引きがもっと難しくなります。自分の価値観だけで線を引く前に、一歩下がって、少し広い心で見ることができたらいいですね。

そういう私も、つい自分の価値観で線を引きがちなので、少し考えさせられた一件でした。

私の価値観は、もちろんアメリカでは通用しないので、その度に壁にぶつかっていますが(笑)。広い心、広い心……自分に言い聞かせます!!

いかがでしたか?

夫に注意した男性は、実際、夫の声がどの程度迷惑になっていたのか、どうしてそんな言い方になったのか、真相はわかりません。

でも結果として、使った英語の表現が、他人に使うにはかなり失礼な言い方になってしまいました。

せめて命令形じゃなければ、私もそんなにモヤモヤすることはなかったかもしれません。言われた方は、言葉だけを受け取りますから、注意が必要です。

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ABOUTこの記事をかいた人

タカコ

日本語教師養成講座修了。英語が苦手だったにもかかわらず、夫となるアメリカ人との結婚を機に渡米。現在は一児の母として英語に囲まれた環境の中で英語を習得中。日本語教育に携わった経験から言語を深く掘り下げる探究心がすさまじく、身近な英語の知識を初心者にもわかりやすく書くよう心掛けている。