英語でコミュニケーションを取るときに、大切な能力は何だと思いますか?
もちろん、文法も大切です。でも、文法の能力だけでは、適切なコミュニケーションを取ることはできません。
言語学の分野では「コミュニケーション能力」という用語があり、これを知ることでコミュニケーションをスムーズに行うヒントが得られます。
この記事では、言語学の用語である「コミュニケーション能力(Communicative competence)」がどのようなものなのか、どうすれば鍛えられるのかを解説します。
コミュニケーション能力について
では「コミュニケーション能力とはなにか?」について説明します。
一般的に言われる「コミュニケーション能力」とは違い、言語学という分野での「コミュニケーション能力」について説明しています。
コミュニケーション能力とは?
「言語」における「コミュニケーション能力」というのは、「いつ、だれに対して、どのように話すのかといった言語使用の適切さに関する能力」のことです。
日本語教師向けに書かれた『話すことを教える』という本には、「コミュニケーション能力」について次のとおり書いてあります(太字はサトによる)。
たとえば、社会言語学者のHymes(1972)は、「文法規則をいかに使用するかを理解しなければ、文法の学習は無意味である」と延べ、「いつ、だれに対して、どのように話すのかといった言語使用の適切さに関する能力」を「コミュニケーション能力」と名付けました。
国際交流基金著『話すことを教える』(2007年 ひつじ書房)より引用しました。
つまり、相手や場面を考えて、適切な伝え方ができる能力」のこととも言えます。
「コミュニケーション能力」という言葉は、社会言語学者のデル・ハイムズ氏が1972年に提唱しました。
語学は「文法だけ」を学習しても意味がない
ところで、先ほどの引用には「文法だけを学習しても意味がない」という主張もありますね。
実は、社会言語学者のHymes氏は1972年の時点で、(どのように使うかを無視して)文法だけを学習しても意味がないと言っていたのです。
わたしがこれを初めて聞いたのは大学を出たあとでしたが、けっこうな衝撃でした。
わたしの高校時代は文法だけを取り上げる授業があったのですが、その時点ですでに1990年代だったからです。
「意味がない」と言われて20年たった学習方法がまかり通っていたわけですからね。
わたしは高校を卒業しても英語でコミュニケーションが取れなかったんですが、その理由も文法に偏った学校英語にあるのかもしれません。
4種類の「コミュニケーション能力」
「コミュニケーション能力」についての研究はその後も進み、次のとおり、4つに分けて説明した言語学者もいます。
(前略)Canalは(1983)は、このコミュニケーション能力を、【1】文法能力、【2】社会言語能力、【3】談話能力、【4】ストラテジー能力の4つに分けました。
国際交流基金著『話すことを教える』(2007年 ひつじ書房)より引用しました。
書き出してみますね。
それぞれ、どのようなものなのか順番に見ていきましょう。
文法能力(正しい形を作る能力)
まず、コミュニケーション能力の中でも基本となるのが「文法能力」です。
「文法」と聞くと、ことばについてのルールを思い浮かべるかもしれませんね。
正しい形を作る能力が「文法能力」
ここでいう「文法」は、もう少し広い意味で使われています。
(前略)「文法能力」とは、文法規則、語彙の知識、発音、文字、表記などに関する能力で、外国語教育では古くから注目されてきた能力です。
国際交流基金著『話すことを教える』(2007年 ひつじ書房)より引用しました。
ざっくり言うと、「文法能力」は「正しい形を作る能力」とも言えます。
実は、この「正しい形」だけを追い求めても、適切なコミュニケーションが取れない場合があるんです。
文法が正しいだけではいけない?
たとえば「すごくおいしい」と「めっちゃうまい」は同じ意味です。
これを友だちなどの間で使うのは問題ありません。
でも、偉い人が多く集まる「フォーマルな食事会」で「これ、めっちゃうまい」と言ったとすればどうでしょうか?
わたしには、ひんしゅくを買う未来しか見えません……。
「すごくおいしい」と「めっちゃうまい」のどちらの表現も、文法として(・・・・・)は完璧です。
でも、形だけが正しくてもダメだということです。この点に関しては、次項で詳しくご説明しますね。
社会言語能力(場面に合ったことばを使う能力)
前項で、「形だけ正しくても適切なコミュニケーションが取れない場合がある」と書きました。
このことに関係が深いコミュニケーション能力が「社会言語能力」です。
その場・相手に応じた話し方をすること
「社会言語能力」がどういうものかについて、『話すことを教える』には次のように書かれています(太字はサトによる)。
相手との関係や場面に応じて、いろいろなルールを守って言語を適切に使用する能力
国際交流基金著『話すことを教える』(2007年 ひつじ書房)より引用しました。
つまりその場、相手に応じた話し方を選ぶ能力を「社会言語能力」と呼びます。
相手が目上の人ならそれに応じた話し方をする……といったものが社会言語能力です。
もっとわかりやすいように、例を2点紹介します。
【例】あいさつ
わたしはインドネシアの大学で日本語教師をしているのですが、学生から次のように言われることがあります。
先生、おはよう!
先生、ありがとう。
「おはよう」は朝の挨拶、「ありがとう」はお礼のことばであることを学生は知っているわけですね。
でも、これを年上の先生に使うのは日本語としてどうでしょうか?
一生懸命に日本語を使ってくれているので、個人的にその姿勢は評価していますし、そんなに気になりません。
ただ、目上の人には「おはようございます」とか「ありがとうございます」と言うよう、学生に伝えています。
わたしが気にしなくても、わたし以外の日本人と接するときに問題が起きますからね!
【例】希望を聞く場面
以前、先生方や学生と食事をしたときのことです。とある学生が、次のように聞いてきました。
先生、何を食べたいですか?
この場面では「何を召し上がりますか」と言えればベストです。
学生がまだ「召し上がります」を知らない場合でも、「何を食べますか」と、「〜たい」を使わないのがいいでしょう。
これはなぜかと言うと、日本社会では、目上の人の意向を(直接的な形で)聞くのは失礼になる場合があるからです。
「〜たいですか」の他に「〜つもりですか」なども、目上の人には使えません。
このように「社会言語能力」は(話し相手も含め)場面に合ったことばを使う能力を指しています。
談話能力(会話の流れを作る能力)
3つ目の「コミュニケーション能力」とは談話能力です。
会話の流れを作る能力
「談話」というと、ニュースなどで「意見」のような意味で耳にする機会が多いと思いますが、ここでは違う意味で使われています。
例によって、『話すことを教える』から引用しますね(太字はサトによる)。
話の展開の仕方を考え、意味のまとまりをもった談話を組み立てることができる能力を談話能力と言います。会話を始めたり、続けたり、終わらせたり、話題を転換したりする、談話の管理を上手にできる能力です。
国際交流基金著『話すことを教える』(2007年 ひつじ書房)より引用しました。
かんたんに言うと、「会話の流れを作る能力」とも言えます。
【例】学生と先生の会話
たとえば、次の学生と先生の会話例についてどう思うでしょうか?
会話例1
先生、わたしの作文、チェックしていただけませんか?
わかりました。
この会話、形の上では問題ありません。
ただ、突然始まって、突然終わったような印象がありますよね。
【例】学生と先生の会話2
一方、次の「会話例2」のように前置きや、終わりのことばなどもあるとどうでしょうか?
会話例2
先生、今ちょっとよろしいでしょうか?
はい、いいですよ。
実は、ちょっとお願いしたいことがあるんですが……。
どんなことですか?
今度、作文のコンクールに応募することにしたんです。それで作文を書いてみたんですが、ちょっと自信がなくて……。先生、わたしの作文、チェックしていただけませんか?
そうですか。いいですよ。
すみません、よろしくお願いいたします。
会話例1より、会話例2のほうが、ずっと自然ではないでしょうか?
このように、「談話能力」は会話の始め方や本題への入り方、会話の終わり方など、会話の流れを作る能力のことです。
ストラテジー能力(問題があっても工夫してコミュニケーションをする能力)
コミュニケーション能力の最後は、「ストラテジー能力」です。
ほかの方法でコミュニケーションをはかれる能力
この能力は、「文法能力」「社会言語能力」「談話能力」とは少し違います。
どんな能力なのか、『話すことを教える』から引用しますね(太字はサトによる)。
話をしている時に困ったことがあっても、ほかの方法で、コミュニケーションの目的を達成することができる能力をストラテジー能力といいます。
国際交流基金著『話すことを教える』(2007年 ひつじ書房)より引用しました。
どういうことか、例を見てみましょう。
【例】ニガテな発音を回避する
たとえば、わたしはインドネシアに住んでいて毎日のようにインドネシア語を使っています。
そして、自分がニガテな発音もわかっているつもりです。
なので、ニガテな発音が含まれていることばは極力使わず、ほかのことば(意味は同じ)で用を足すことが多々あります。
たとえばインドネシア語の「perlu」という単語は「必要」という意味です。
この単語の発音ですが、最後の3文字の発音が特に難しく、1回で通じたことがほぼありません……。
なので、同じく「必要」という意味の「butuh」を使うことが多いです。この単語なら発音は難しくないので。
【例】かんたんなことばで言い換える / ほかの言語で言う
また、先日「密輸」ということばが授業で出てきました。
学生に説明しようとしたのですが、「インドネシア語で『密輸』をなんと言うか?」を忘れてしまいまして……。
そこで、次の2種類の方法で説明したんです。
説明方法の例
- 「こっそり輸出したり輸入したりすること」とインドネシア語で説明
- 「英語では『smuggling』」と説明
その結果、学生もわかってくれました。
このように、発音がニガテなことばを使わなくても、ことばを忘れても、工夫次第でコミュニケーションは取れるわけですね。
「ストラテジー能力」は、こういう工夫(いわば「裏技」)でコミュニケーションをする能力を指します。
コミュニケーション能力を鍛えるには?
では、コミュニケーション能力を鍛えるには、どうすればいいのでしょうか?
正直なところ、ご自身が受けている英語の授業で「コミュニケーション能力が鍛えられないなあ」と思ったら、自力でなんとかするしかありません。
そんなときは、場面がはっきり提示されている教材で学習しましょう。
たとえばビジネス英語なら、『話す英語 実戦力徹底トレーニング』という本がオススメです。
「所要時間を尋ねる」や「業務上の依頼や指示をする」といった具体的な場面での会話例や練習が満載ですよ。
こういう教材で学べるのは、主に「文法能力」「社会言語能力」「談話能力」の3つです。
「ストラテジー能力」については、『難しいことはわかりませんが、英語が話せる方法を教えてください! 』という本でいくつか学ぶことできます。
まとめ
この記事では、言語学の分野での「コミュニケーション能力」がどのようなものなのか、どうすれば鍛えられるのかを解説しました。
まとめると、次のとおりです。
この記事のまとめ
- コミュニケーション能力は「文法能力」「社会言語能力」「談話能力」「ストラテジー能力」の4つがある
- 「文法能力」は「正しい形を作る能力」
- 「社会言語能力」は「場面に合ったことばを使う能力」
- 「談話能力」は「会話の流れを作る能力」
- 「ストラテジー能力」は「問題があっても裏技でコミュニケーションを取る能力」
- コミュニケーション能力を鍛えるには、場面がはっきりしている教材での学習がオススメ
今後の英語学習にお役立ていただければ幸いです!