言語を発音するとき、ほとんどの音声は口で発音しますよね。
でも、「鼻」で発音する音声もあります(参考:鼻音とは?)。
さらには口と鼻の両方で発音する鼻母音という発音(もしくは母音の鼻音化)もあることをご存じですか?
本記事では、鼻母音と母音の鼻音化の違いや、日本語にある母音の鼻音化、英語にある母音の鼻音化について紹介します。
目次
鼻母音とは?
「あ・い・う・え・お」のような母音を発音するとき、口で発音します。
ところが口だけではなく、口と鼻の両方から音声を出す発音があるのです。そのように発音する母音を鼻母音と呼びます。
鼻母音を発音をするときの口の中
では、鼻母音を発音するときの口の中はどのようになっているのでしょうか?
鼻母音は、ちょうどこの図のように口と鼻の両方から音声が出ます。
鼻母音の音声
上の図だけではわかりづらいと思うので「鼻母音」の実際の音声を紹介します。
次の音声データでは、わたしが普通に「あ・い・う・え・お」と口だけで発音したものと、鼻母音で「あ・い・う・え・お」を発音したものを交互に収録しています。
鼻母音の発音は、「鼻にかかった発音」という感じでしょうか?
「鼻母音」の発音記号は?
鼻母音の発音記号は「~(チルダ)」を母音の上に書きます。
たとえば、さきほどの鼻母音として発音した「あ・い・う・え・お」なら、/ã/ /ĩ/ /ũ/ /ẽ/ /õ/ のように。
/ã/ なら鼻音化した /a/ の発音、/ĩ/ なら鼻音化した /i/ の発音ということですね。
ただし日本語に鼻母音は使われないため、この発音記号が使われることはありません。
「鼻母音」と「母音の鼻音化」の違い
「鼻母音」のほかに「母音の鼻音化」という言い方もあります。
結論からいうと「鼻母音」と「母音の鼻音化」は現象としては同じで、呼び方が違うだけです。
どちらも口だけでなく鼻からも音声が抜ける母音を指します。
後述しますが、フランス語やポーランド語のように、言葉の意味を区別するためにこの発音を使う場合は鼻母音(Nasal Vowel)と呼ばれます。
それに対して、日本語や英語に存在する鼻母音は意味の区別として使われるのではありません。
ある条件下で、たまたま口の構造として鼻音で発音されてしまうだけの母音なので母音の鼻音化(Nasalized Vowel)と呼ばれ、区別します。
実際に「鼻母音」が使われる言語について
ではこの鼻母音ですが、実際にどのような言語で使われているのでしょうか?
実際に鼻母音が使われる言語とは?
鼻母音は、フランス語、ポーランド語、ポルトガル語などで使われます。
ここでいう「使われる」とは「意味の分別」に使われているという意味です。
たとえば、フランス語には次のような2つの単語があります。
単語(意味) | 発音記号 |
---|---|
beau(美しい) | /bo/ |
bon(よい) | /bõ/ |
カタカナで発音を説明すると、「beau(美しい)」は、普通に口で発音する「ボ」です。
それに対し、「bon(よい)」の発音は、口だけでなく鼻からも息が抜ける「ボ」になります(「ボン」のように聞こえる)。
「よい」と言いたいのに、/bo/ と発音してしまうと「美しい」という意味にとられてしまうのです!
つまりフランス語では、鼻母音の発音ができなければコミュニケーションに弊害が起きると言えます。
日本語の「母音の鼻音化」について
では、日本語では鼻母音が使われるのでしょうか?
意味の分別としては使われませんが、母音の鼻音化として「ある条件下」では存在します。
鼻母音の発音は存在しえるが意味は変わらない
たとえば、「青い」という言葉を普通の言い方と、鼻音化させた言い方を比較しました。
意味が違って聞こえませんよね? 鼻音化させた発音だとしても「なんかだらしない言い方してるなー」ぐらいにしか思わないのではないでしょうか。
つまり、日本語では、そのときの体調などで母音が鼻音化して発音される可能性はありますが、「鼻母音」として意味の分別に使われることはありません。
日本語で「母音の鼻音化」がよく使われる例
体調の問題ではなく、普通に日本語を発音していても母音の鼻音化が起こりやすい条件もあります。
たとえば、「あ行」「や行」「わ行」「さ行」「は行」の前にくる「撥音(ん)」の発音は母音の鼻音化として発音されることが多いです(必ずではない)。
単語(よみ) | 発音記号 |
---|---|
今夜(こんや) | /koõja/ |
談話(だんわ) | /daãwa/ |
恋愛(れんあい) | /reẽai/ |
専門的にいうと「母音」「接近音(半母音)」そして「摩擦音」の前にある「ん」は鼻音化した母音になります。
当然ですが、意味の分別には使われていないことがポイントです。
「今夜」をゆっくりと「こ・ん・や」と発音すると、「ん」が[ ɴ ]の発音(のどちんこを使った音声)になりますが、意味は変わりませんし、誰も気づきません。
鼻母音として意味の区別に使われるのではなく、母音がほかの音声の影響を受け、鼻音化しているだけですから。
英語の「母音の鼻音化」について
では、英語では鼻母音が使われているのでしょうか?
英語でも日本語と同じで「意味の分別」としては使われませんが、無意識に発音されています。
「n」「m」「ng」のとなりにある母音
鼻を使って発音する「 n 」「 m 」「ng」の発音のとなりにある母音は鼻音化します。
たとえば「pin」と発音するとき、「 i 」の発音は鼻音化するという具合です。
これは「鼻母音を発音している」のではなく、「 n 」の発音が後ろにあるから、その影響を受けて自然に鼻母音になっているだけです。
わかりづらいですが、鼻をつまんで発音すると、鼻音化した母音では鼻が振動するのを感じます。
次の単語の発音を比べてみるとわかりやすいかもしれません。
鼻音化しない | 母音が鼻音化する |
---|---|
pay /pei/ | pain /pẽĩn/ |
see /siː/ | seem /sĩːm/ |
law /lɔː/ | long /lɔːŋ/ |
ただし、意識して強く鼻音化させると違和感があるのでやめましょう。
これは覚える必要もない知識です。なぜなら何も考えなくても鼻音化するからです。
「あいづち」として現れる例
英語でよく使われるあいづちの発音は鼻音化することがよくあります。
たとえば「うん」を表す「uh-huh(『アーハ』のように発音)」は鼻音化して発音することが多いです(以下の音声データを参照)。
発音記号にすると /ʌˈhʌ/ が /ʌˈhʌ/ のように鼻音化しています。
ほかにも「いいえ」の意味の「uh-uh['ʔʌʔʌ ]」や「え?」のように聞くときの「huh?[ hʌ ]」も鼻音化します。
まとめ
本記事で紹介している鼻母音(母音の鼻音化)は、日本語や英語では意識する必要はありません。
意識しなくても発音しているし、かといって発音できなくても問題ないからです。
ただ、そういう音声が存在すること自体が言語のおもしろさだと思います。
日本語を発音するときにも「あれ? 今の発音って鼻音になったな」のように考えてもらえるようになれば、発音オタクとして幸せです。