日本語「ん」の発音の秘密について

日本語の「ん」の謎
ヨス

執筆者

アメリカ留学で言語に興味を持ち、日本語教師の資格をとる。メディアなど掲載多数。著書は2冊。一般的には学ばない「日本語の音声」を学ぶことで英語の発音を習得し、独自の英語の発音習得メソッドを持つ。→ ヨスについてはこちら

「あいうえお……」からはじまって、最後にたどり着く日本語の「ん」。

専門的には撥音(はつおん)とも呼ばれますが、今回はこの日本語「ん」の秘密にせまります。

実は無意識のうちに、6種類の発音を使い分けていることをご存じですか?

撥音(日本語の「ん」)について

まずは「撥音はつおん」という言葉から詳しく解説します。

「撥音」とは?

撥音はつおん」とは、日本語の「」のことです。

ん?

そう。その「ん」という文字で発音される音のことを、専門的には「撥音」と呼びます。

日本語にある「撥音」の例

では撥音の例をいくつか見てみましょう。

撥音の例

  • (紺)
  • パクト
  • たん(魂胆)
  • ニャク
  • (今後)
  • (今夜)

このようにいろいろな単語に「ん」は使われています。

後述しますが、上で紹介した「ん」の発音はすべて違います

「ん」の発音について

では「ん」の発音について紹介します。

専門的に「撥音(はつおん)」という名前が与えられるほど特別扱いされていますが、どんな点でほかの文字(音声)と違うのでしょうか?

理解しやすいように、まずは日本語がほとんどすべての発音に母音をともなう言語(開音節言語)だということから説明させてください。

日本語では子音のあとに必ず「a・i・u・e・o」をはさみますよね?

子音の後に母音が来る

  • スマホ …… sumaho
  • かつおぶし …… katsuobushi
  • 映画 …… eiga

「か」なら「ka」、「ぎ」なら「gi」「のように、常に「子音+母音」になります(参考: 子音だけを発音するとは?)。

「ん」は「あいうえお表」の中で唯一の子音

では「ん」はどうでしょうか?「あいうえお表」に「ん行」なんてありませんよね?

つまり「ん」は、「あいうえお表」の中で唯一の子音ということです。

この「ん」が子音という証拠に、うしろに「a・i・u・e・o」をくっつけると「ん行」ができます。

たぶん、この音声データを聞くとこんなふうに言われそうですが……。

おいおい!
頭大丈夫か?!

大丈夫だよ!(笑)

でも、これが「ん」に母音を付けた音です。

無理やり表記すると、こんな感じになりますね。

「ん行」の表記例

んぁ・んぃ・んぅ・んぇ・んぉ

「ん」の発音は1拍分をとる

「ん(撥音)」の発音にある大きな特徴が1拍分の長さをもつことです。

「ん」は子音だと紹介しましたが、子音でありながら、ほかの「かな」と同じだけの長さで発音します。

「1拍」がどういう意味かを示すアニメーション画像を見てください。

日本語で「Junichi」を発音した場合
日本語で「Junichi」を発音した場合

外国人が「Junichi」という名前を発音するときに「ジュニチ」と読んでしまうのはこの違いがあるからです。

詳しくは日本語と英語の「ん」の違いをご覧ください。

「ん」の基本的な発音

では基本的な「ん」の発音を見てみましょう。

ふつうに「ん」とだけ言うとき、口の中では次のようにして発音されています。

「 N 」の発音
「 N 」の発音

本来なら口から出す「声」を「のどちんこ(口蓋垂)」を使ってせき止めます。そして、「鼻」から声を出すのが「ん」の基本的な発音です。

上図のように、正式な発音記号では「 ɴ 」と書きます。大文字の「 N 」と同じデザインで少し小さい「 ɴ 」です。

では、いつも見ているアルファベット「 n 」の発音はどうやって発音するのでしょうか?

こちらです。

「 n 」の発音
[ n ]の発音

先ほどの「ん[ ɴ ]」とは舌の位置が大きく違います

[ ɴ ]の場合は「のどちんこ」を使って声をせき止め、鼻から声を出していました。

それに対して[ n ]の場合は、舌先を「歯茎」と呼ばれる「歯の根本あたり」に当てています。

つまり「ん」と「 n 」はイコールではありません

「ん」と「 n 」の違いについてはこちらで説明しています。

後ろに続く発音で「『ん』の発音」が変わる

「撥音(ん)」には、後ろに続く発音によって、「ん」自体の発音が変化するという特性があります。

「コンパクト」と「こんたん」の「ん」の違い

たとえば、次の2つの「ん」の発音の違いはわかりますか?

「ん」の違いがわかりますか?

  • パクト
  • たん(魂胆)

ナチュラルスピードで読んでくださいね。

「コパクト」の「ん」は口を閉じて言っていませんか?

逆に「こたん」の「ん」は前歯の後ろのほうに舌を付けて発音してますよね?

後ろに続く「 t 」と「 p 」の影響

「コンパクト」の「ン」の発音は、後ろに続く「パ[ pa ]」の発音の影響を受け、唇を使って発音します。

そして「こんたん」の「ん」の発音は、後ろに続く「た[ ta ]」の発音の影響を受け、上の歯の後ろあたりを使って発音します。

次の図解のように「ん」の発音は、後ろに続いている音声(子音)と口の構えをそろえるのです。

「ぱ」と「た」の発音に「ん」の口の構えがそろう
「ぱ」と「た」の発音に「ん」の口の構えがそろう

つまり、次の2つの音を発音するときの口の構えが同じになります。

2つの口の構えが同じに

  1. 「ん」を発音するときの口の構え
  2. 『ん』の後にくる子音」を発音するときの口の構え

後ろにくる子音の発音に引きづられ、「ん」の発音が変化するということです!

ちなみにこの現象は日本語の「ん」にかぎったことではありません。詳しくは発音のコツは「次の発音の準備をする」をご参考に!

つまり文字としての「ん」は「鼻音にしなさい」という意味だと言えます。

日本語の「ん」の発音の種類

「ん」の発音が変化するというお話をしましたが、ではその変化としてどのくらいの種類の「ん」があるのでしょうか?

実は6種類の「ん」の発音があり、次の6つの単語に使われている「ん」はぜんぶ発音が違います。

6種類の「ん」の発音例

では、1つ1つの発音を詳しく紹介しますね。

ただし、ここで紹介しているルールは絶対ではありません。地域差、年齢差、個人差があります

[ ɴ ]……「ん」だけを発音した場合

まずは[ ɴ ]の発音から紹介します。

[ ɴ ]の発音
[ ɴ ]の発音

これは、さきほど紹介した「基本の発音」で、「ん」だけを発音したときの発音です。

ほかにも、次のような場合は「ん」の発音が[ ɴ ]になります。

[ ɴ ]が現れる条件

  • 「ん」だけを発音した場合
  • 「て・ん・ぷ・ら」のように1文字ずつゆっくり発音した「ん」
  • 「ん」が文末(語末)にくる場合(前の母音が「う段」「お段」 のときだけ)

「ん」が文末(語末)にくる場合というのは、次のようなときです。

  • 食べるも
  • 山田く

この「ん」は[ ɴ ]の発音ですよ。

文末(語末)の「ん」で、「あ段」「い段」「え段」の後ろでは、あとで紹介する[ ŋ ]の発音になります

[ m ]……「ん」の後ろに「ぱ・ば・ま行」が続く場合

次に紹介する「ん」の発音は[ m ]です。

「ん」の後ろにこの3つの発音がくるときの「ん」は[ m ]の発音になります

「ん」に続く3種類の子音

  • p(ぱ行)
  • b(ば行)
  • m(ま行)
「 m 」の発音
「 m 」の発音

[ m ]は唇を閉じて、口から出るはずだった声を鼻から出す音です。

  • ぱい(乾杯)
  • ぶ(昆布)
  • ま(群馬)

「ぱ行」も「ば行」も「ま行」もぜんぶ、唇で作る音ですからね。

その発音に引きづられ、直前の「ん」の発音も唇で発音する「ん」になるというわけです。

[ m ]の発音についてはこちらもどうぞ。

[ m ]の発音について

[ n ]……「ん」の後ろに「た・だ・な・ら行」が続く場合

次に紹介する「ん」の発音は[ n ]です。

「ん」の後ろに、次の4つの発音がくるときの「ん」は[ n ]の発音になります。

[ n ]になるパターン

  • t(た行)
  • d(だ行)
  • n(な行 ……「に」以外)
  • ɾ(ら行)
「 n 」の発音
[ n ]の発音

[ n ]は舌を上の前歯の根本あたり(=歯茎(しけい))に押し当てて、口から出るはずだった声を鼻から出す音です。

「t(た行)」「d(だ行)」「n(な行)」「ɾ(ら行)」のぜんぶ、専門的には「歯茎音」と呼ばれる発音ですね。

  • たくと(コンタクト)
  • どう(感動)
  • なづき(神無月)
  • れき(還暦)

[ n ]の発音はこちらの記事をご覧ください。

[ n ]の発音について

[ ɲ ]……「ん」の後ろに「に・ち・じ」が続く場合

お次は「ん」の発音が[ ɲ ]になる場合です。

「ん」の後ろに「に」「ち」「じ」が続きとき、「ん」の発音は[ ɲ ]になります。

「 ɲ 」の発音
[ ɲ ]の発音

え? なに、この発音記号?

実はこれ、「に」の子音です。「な行」の音声記号を書くと次のとおりです。

「な行」の発音記号

na / ɲi / nu / ne / no

実は「に」だけ、子音が違うんですね。

「 n 」よりも後ろの方(「硬口蓋」と呼ばれる場所)に舌を持っていって、口から出るはずだった声を鼻から出す音です。

その[ ɲ ]が、「に」「ち」「じ」の前の「ん」でも使われます。

  • にんぐ(カンニング)
  • にく(筋肉)
  • ちゃく(巾着)
  • じ(漢字)

[ ŋ ]……「ん」の後ろに「か・が行」が続く場合

そして「ん」の発音が[ ŋ ]になるパターンを紹介します。

「ん」の後ろに「か行」「が行」「か゜行(鼻濁音)」がくるとき、「ん」は[ ŋ ]の発音になりますよ。

「 ŋ 」の発音
[ ŋ ]の発音

これは舌の根本あたりを上あごの後ろのほう(= 軟口蓋)につけ、口から出るハズだった声を鼻から出して作る音です。

たとえば次のような単語にある「ん」が[ ŋ ]の発音です。

  • かく(感覚)
  • がん(ガンガン)
  • ごう(信号)

あと、先述した文末(語末)に「ん」がくるときで、「ん」の前に「い段」「え段」「お段」の母音がくるときの「ん」にも[ ŋ ]が使われます。

  • アレな
  • じしゅ(自主練)
  • (案)

発音記号[ ŋ ]についてはこちらもご覧ください。

[ ŋ ]の発音について

鼻母音 ……「ん」の後ろに「あ・や・わ・さ・は行」が続く場合

最後に「ん」の発音が「鼻母音」になるパターンを紹介します。

鼻母音というのは、口と鼻の両方から音声を出す発音です。

「鼻母音」の発音
「鼻母音」の発音

この図のように、鼻と口の両方から音が出ますよ。

「ん」の後ろに次の行が来るときは、「ん」が「直前の母音を鼻母音化した発音」になります。

鼻母音になるパターン

  • a / i / ɯ / e /o (あ行)
  • j(や行)
  • w(わ行)
  • s(さ行)
  • h(は行)

たとえば、次のような単語にある「ん」が鼻母音になります。

  • や(今夜)
  • わ(談話)
  • あい(恋愛)
  • いん(婚姻)
  • うん(金運)
  • えき(現役)
  • おけ(棺桶)
  • せい(賛成)
  • こくさひん(国産品)

発音記号では、たとえば「a(あ)」が鼻母音化すると[ ã ]、[ え ]だと[ ẽ ]のように、母音アルファベットの上に「 ~ 」を書きます。

「談話(danwa)」なら、[ daãwa ]のような発音記号で表されるということです。

「だ[ da]」の[ a ]を発音し、その[ a ]が鼻母音化した「ん[ ã ]」を発音し、「わ[ wa ]」を発音します。

なお、鼻母音についてはこちらで詳しく紹介しています。

日本語の「撥音」にあるルール

では、日本語の「撥音」にあるルールを見ていきましょう。

撥音は語頭にこない

まず、撥音は語頭にこないというルールがあります。

「しりとり」でも「ん」がきたら負けになるように、「ん」からはじまる日本語はないのです。

単語として語頭にこないだけで発音は可能

単語として日本語には「ん」からはじまる言葉はありませんが、日常では使われます。

たとえば、疑問に思ったときに「ん?」と言う人は多いのでは?

ほかにも次のように言えますよね。

「ん」からはじまる言葉

  • ん?
  • んもう!(もう!)
  • んで?(そして?)

外来語・琉球語では「ん」からはじまる言葉もある

「ん」からはじまる言葉が日本語にないだけで、外来語や琉球語にはふつうにあります。

たとえば次のような例があります。

「ん」からはじまる言葉の例

  • ンデゲオチェロ(Ndegeocello)…… 姓
  • ンドゥール (N'Dour)…… 姓
  • んじ?(そうなの?)…… 琉球語
  • んちゅみ(米)…… 琉球語
  • んかし(昔)…… 琉球語

琉球語に関しては、沖縄国際大学うちなーぐち講師の比嘉光龍さんの書籍が参考になりますよ。

撥音の前に促音はこない

撥音の2つ目のルールは、「ん」の前に促音(っ)がこないこと。

たとえば「あっん」みたいな言葉は日本語にはありませんよね。

発音しようと思えばできますが。

撥音は長音化できる

発音の3つ目のルールは、伸ばして発音できること。

撥音を伸ばして発音することで長音化できます(参考:長音とは?)。

たとえば「んー」というふうに、発音できますよね。

発音の後ろに来る「ざ行」は破擦音になる

発音の後ろに「ざ行」がくるとき、摩擦音である「ざ行」が、破擦音に変化します。

たとえば「かん」や「かん(漢字)」と発音するときの「ざ」や「じ」の発音のことです。

マニアックですが、詳しくは次の記事をどうぞ。

撥音のローマ字(アルファベット)表記

では、最後に撥音のローマ字(アルファベット)表記についても見てみましょう。

撥音のローマ字表記

撥音をローマ字表記するときは「 n 」を使います。

基本は「 n 」で表記

基本的には「 n 」を使って、次のように表記します。

  • mikan(みかん)
  • kantan(簡単)
  • sannin(3人)

【ヘボン式ローマ字のみ】「 m 」「 p 」「 b 」の前の「撥音(ん)」は「 m 」になる

ヘボン式ローマ字では、「 m 」「 p 」「 b 」の前の「ん」は「 m 」で書きます。

訓令式ローマ字(小学校低学年で習うローマ字)の表記にはこのルールがないので、両方を比較してみますね。

訓令式ヘボン式
散歩sanposampo
新聞sinbunshimbun
爛漫らんまんranmanramman
【ヘボン式】「p・b・m」の前の「ん」は「 m 」に

【注意】「撥音(ん)」の後に「や行/母音」がくるときは「’」か「 – 」をはさむ

「撥音(ん)」のあとに「や行」や「母音」がくるときは、次のように「 n 」のあとに「’」か「 – 」をはさみます。

  • Hon'ya de ren'ai-shōsetsu o katta.
    (本屋で恋愛小説を買った)
  • Shin- dekiru mise de kan-oke o katta.
    (信用できる店で、棺桶を買った)

ローマ字ではなく、英語で書くときは入れないことがほとんどですが、個人的には入れるのをオススメ。

英語に撥音はあるの?

さて、日本語の促音について紹介してきましたが、英語にも撥音はあるのでしょうか?

撥音という言葉は日本語にのみ使うため、英語にはありません

よく混同される英語の「 n 」は、基本的にすべて[ n ]の発音です。

さらに、英語には「拍」という概念がないため、日本語の撥音(ん)とはまったく違います。

「 n 」と「ん」の違いについてはこちらをどうぞ。

まとめ

今回は日本語の「ん」にはいろんな発音があることについて解説しました。

こんな発音の違いがあるにも関わらず、わたしたちは瞬時に、そして無意識に発音しているという不思議。

文字表記的に「ん」と「 n 」も似ているように見えるのもおもしろいですよね!

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アメリカ留学で言語に興味を持ち日本語教師に。その後、自分が「音声学」に猛烈に惹かれることに気づく。一般的には学ばない「日本語の音声」を学ぶことで英語の発音を習得し、独自の英語の発音習得メソッドを持つ。>>ヨスについて詳しくはこちら
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