日本語には、学校では習わない仮名があることをご存じでしょうか?
それは「ゔ」です。カタカナの「ヴ」のほうが馴染みがあると思いますが。
この「ヴ」は「ブ」とは違うのでしょうか? 今回は、「ヴ」という表記は日本語から消えても問題ないという話をします。
目次
「ヴ」という表記について
日本語には、学校では習わないけどメディアや町なかでは見かける「不思議な文字」があります。
それが「ヴ」です。
母音である「ウ」に濁点がついて、「ヴ」。
この「ヴ」は、英語表記の「 v 」をカタカナにするときに使われます。たとえば次のように。
「ヴ」が使われる例
- ヴァイオリン(violin)
- ヴィクトリー(victory)
- ラヴ(love)
- ベートーヴェン(Beethoven)
- ヴォイス(voice)
そもそも、濁点は有声音を表すマークなので、もともと有声音である「ウ」に付くのは間違っているのですが(参考: 声帯振動(のどの震え)について)。
この「ヴ」という表記は国立国語研究所の間淵洋子さんによると、福沢諭吉が広めたのだそうです。
間淵さんによると「ヴ」という文字を広めたのは明治時代の教育家、福澤諭吉だという。
世界から「ヴ」が消える | 特集記事 | NHK政治マガジンより引用しました。
そもそも「ヴ」はどう発音するのか?
そもそもの問題ですが、「ヴ」と書かれているものをどうやって発音していますか?
「ヴ」は発音どころか、表記すら学校では学びませんからね。
正式な日本語表記の仲間入りをしているのかどうかも怪しい「ヴ」ですが、発音は「ブ」と同じです。
たとえば、「バイオリン」と書いても、「ヴァイオリン」と書いても、発音は「バイオリン」と発音しているのです。
「『ブ』も『ヴ』も同じ発音です!」と言うと、こういう意見を言う人もいるかもしれません。
いや、オレは「ヴァイオリン」ってちゃんと「 v 」の発音してるしっ!
でも、それは本当に「vaiorin」と発音していますか?
「ヴ」の発音は合拗音化された「ブ」?
ほとんどの人は「ヴ」の発音を
「ブヮイオリン(bwaiorin)」と発音しているのではないでしょうか?
音声データを作ってみたので聞いてみてください。
この音声では、次の順番に発音しています(2回発音)。
発音した順番
- バイオリン(baiorin)
- ヴァイオリン(bwaiorin)
これを聞いて「そうそう。それが『 v 』の発音だよ!」と思ったら、要注意です!
この音声データで発音している「ヴァ」は、
英語の「va」の発音ではありません。
これは、 [ b ] の発音が「合拗音化」され「ブヮ(bwa)」になっている発音です。
ちなみに古い日本語では「直音(カ・ガ)」と「合拗音(クヮ・グヮ)」の発音の違いがありました(「ブ」と「ブヮ」の違いはありませんでしたが)。
たとえば次のような使い分けです。
- 感心(かんしん)←→関心(くゎんしん)
- 解析(かいせき)←→懐石(くゎいせき)
- 階段(かいだん)←→怪談(くゎいだん)
- 歌詞・河岸(かし)←→菓子(くゎし)
- 家事(かじ)←→火事(くゎじ)
か・が←→くゎ・ぐゎ(直音対合拗音)分類表より引用しました。
今でも方言によっては残っています。
では「vaiorin」はどうやって発音するの?
では、本当の「 v 」という子音の発音で「ヴァイオリン(vaiorin)」と言ってみたらどうなるのでしょうか?
発音してみました。
次のように発音している(2回どおり)のでお聞きください。
発音した順番
- ヴァイオリン(bwaiorin)
- ヴァイオリン(vaiorin)
[ v ] の発音はこちらの図のようにして作られます。
こんな [ va ] という発音なんて普通はしないですよね。っていうか多くの人はできないですよね?
つづけて、「ば行」「ぶゎ行」「va行」の発音を比較してみましょう。
次の順番に発音していますよ。
発音している順番
- ば・び・ぶ・べ・ぼ(ba・bi・bu・be・bo)を発音
- ぶゎ・ぶぃ・ぶ・ぶぇ・ぶぉ(bwa・bwi・bwu・bwe・bwo)を発音
- ゔぁ・ゔぃ・ゔ・ゔぇ・ゔぉ(va・vi・vu・ve・vo)を発音
どうでしょうか? 3つともまったく違う発音というのがおわかりでしょうか?
もちろん、「『 v 』の発音はちゃんとできるぞ!」という人もいるでしょう。
でも、ここでは英語の正しい「 v 」の発音ができるかということは問題ではありません。
「ヴァイオリン」という表記を読むときに「バイオリン」と区別して「 v 」の発音をしている人なんてほぼいないということが言いたいのです。
日本語には [ b ] と [ v ] を区別する理由がない
そもそもですが、日本語では [ b ] の発音と [ v ] の発音を区別する理由がありません。
たとえば、この2つの言葉で意味が異なるでしょうか?
2つの意味は同じ
- バイオリン
- ヴァイオリン
「バ」だと普通のバイオリンの意味で、「ヴ」を使うと「高級なバイオリン」の意味になる……のような区別はないですよね?
意味の違いにならないのに「バ」を「ヴァ」のように表記する理由はないのです。
なぜ「ヴ」という表記が作られたのか?
では、なぜ日本語に必要ないにもかかわらず「ヴ」という表記が発生したのでしょうか?
先述したように「ヴ」という表記は福沢諭吉が広めました。
英語などに存在する「 v 」の発音に対応する表記がないため強引に作られたものが「ヴ」だと言えるでしょう。
つまり日本人には不要だけど、「 v 」を日本語で表記するためだけに作られたわけですね。
その割には英語の「 L 」や「TH」に対応する表記が生まれなかったのは謎ではありますが……。
日常で「ヴ」という表記を見かける理由
「ヴ」が発生した理由について触れましたが、ではなぜ日常で使われつづけているのでしょうか?
たとえば有名なお店に「ヴィレッジヴァンガード」があります。
ほとんどの人はこのお店を「ビレッジバンガード」と発音しているはずです。
発音は同じにしても、この2つの「表記」を見比べると、違った印象を受けますよね。
「ビ」と「ヴィ」の持つ印象
- ヴィレッジヴァンガード
- ビレッジバンガード
なんだか「ヴ」を使ったほうが外国風で、オシャレで、本格的な雰囲気でカッコよく見えるのです!
つまり、現在では「ヴ」は単に外来語を「カッコよく見せる」という目的のためだけに存在しています。
【追記】国名表記から「ヴ」がなくなった
2019年4月1日に、すべての「国名」を表す日本語表記から「ヴ」という文字がなくなりました。
じつは「ベトナム」も以前は「ヴィエトナム」、「ベネズエラ」も「ヴェネズエラ」だったそうです。
2003年にほとんどの国名から「ヴ」が消えましたが、「セントクリストファー・ネーヴィス」と「カーボヴェルデ」だけに残っていたそうです。
その2つの表記も、2019年4月1日に、ついに「ヴ」→「ブ」へと変更になりました。
理由については、外務省大臣官房総務課の課長補佐である八幡浩紀さんがこちらのように語っています(太字はヨスによる)。
「ひとことで言うと、ヴを使わない表記の方がいまの国民になじみがあることがわかったからです。法律を制定した当時はヴを使うケースが多かったようですが、徐々になじみのある表記が変わってきたのでしょう」
世界から「ヴ」が消える | 特集記事 | NHK政治マガジンより引用しました。
そうです。「ヴ」を表記としてわざわざ使う人が少ないからなんですね。
「ベトナム」を「ヴィエトナム」なんて書くと、逆に「なにカッコつけてんの? 逆にカッコ悪いよ(笑)」と突っ込まれそうです。
まとめ
というわけで、「バイオリン」も「ヴァイオリン」も、(普通の)日本人が発音したら同じ「baiorin」なので「ヴ」という表記は不要という話でした。
この「ヴ」の発音ですが、存在していることで日本語入力の邪魔をしているだけです。
文章を入力するときに「ヴァイオリン」と入力しても「バイオリン」と入力しても同じ発音なのに、分ける理由がないものですから。
ということで、[ v ] の発音をきちんと学びたい場合は「ヴ」とは違うということをまず認識してくださいね!
正しい [ v ] の発音はこちらの記事をご参考に。