日本語の「らりるれろ」は英語の「ra」か「la」か?

ヨス

執筆者

アメリカ留学で言語に興味を持ち、日本語教師の資格をとる。メディアなど掲載多数。著書は2冊。一般的には学ばない「日本語の音声」を学ぶことで英語の発音を習得し、独自の英語の発音習得メソッドを持つ。→ ヨスについてはこちら

ときどき、英語の「 L 」の発音日本語の「ら行」と同じ……のように説明されることはありませんか?

でも、個人的な体験から言うと「ら行」は「 L 」の発音とはまったく違います

「 R 」の発音と聞き間違えられることはあっても、「 L 」と聞き間違えられたことは一度もありません。

ではいったい、日本語の「ら行」は英語の「 L 」と「 R 」、どちらと同じなのでしょうか?

たとえば、日本の新しい年号である「令和(れいわ)」の「れ」の発音は「reiwa」、もしくは「leiwa」のどちらでしょうか?

今回は日本語の「ら行」は、英語の「 L 」とも「 R 」ともまったく違う子音だということについて紹介します。

日本語の「ら」は英語の「 L 」と「 R 」のどちらに似てる?

日本人にとって難しい英語の発音と言えば、「 L 」の発音と「 R 」の発音ですね。

これは日本人に生まれたからには「呪い」レベルで一生まとわりつく苦難と言ってもいいかもしれません。

どっちも日本語の「ら行」に聞こえるんだけど!

……と叫びたい人も多いことでしょう。

さて、「 L 」と「 R 」のどっちの発音が日本語の「ら行」の発音なのかというと……?

どちらとも違うんです!

日本語の「ら行」の子音は[ ɾ ]

「どちらとも違う」と聞くと、こんなふうに思うことでしょう。

じゃあ日本語の「ら行」は何者!?

たしかにアルファベットで書くときに「ra・ri・ru・re・ro」のように書くので、英語の「 R 」の発音と同じだと思ってしまいますよね。

でも、実は日本語の「ら行」の子音と、英語の「 R 」の発音はまったく違い、発音記号も違うのです。

母音に挟まれた「ら」は[ ɾ ]

こちらが、日本語の「ら行」の子音の発音記号になります。

「ら行」の子音の発音記号

[ ɾ ]

「 r 」に見えますが、「 r 」とじゃっかん表記が違いますね。もちろん、表記ミスではありません。

ɾ ]は、日本語の「ら行」の正式な発音記号なのです。

ちなみにこの[ ɾ ]の発音になるのは、母音に挟まれた「ら行」です。

  • られ
  • あげ

日本語は開音節言語であるため、「ら」は母音に挟まれることがほとんどですよ。

「語頭」と「撥音(ん)の後」に来る「ら」は[ ɖ ]

「ら行」の発音は、「語頭」に来るときと「撥音(『ん』のこと)の後に来るときは違う発音になります。

たとえば次のような場合です。

  • ッパ
  • ッカー
  • かんんしゃ(観覧車)
  • かんき(還暦)

これらを発音するとき、[ ɾ ]よりも舌の位置が後ろで、舌先が少しだけ反り返っていませんか?

この「ら行」の発音を表記するために、言語学者の神山孝夫 氏は発音記号 [ ɖ ] を使っています。

舌先はややそり返っているんですね.そのため,このラ行子音をそり舌音(retroflex)の [ ɖ ] として扱うことにしたいと思います.

神山孝夫 著『脱・日本語なまりー英語(+α)実践音声学ー(2019年 大阪大学出版会)

「そり舌音」は次の図のように、舌先を少し反らせて上あごにくっつける発音になります。

そり舌音
そり舌音

多くの場合、日本語の「ら行」は母音に挟まれるため、本記事では「ら行」の子音を[ ɾ ]で紹介しています。

どちらも記号「 r 」を使うことが混乱の元である

では、今度は英語の「 R 」を発音記号にしてみましょう。

英語の「 R 」の発音は[ r ]と書くように思えますが、実は違う発音記号になります。

英語の「 R 」の発音記号

[ ɹ ]

ええー!「 r 」じゃなかったの?!

つまり、こういうことが言えます。

日本語の「ら行」も、英語の「 R 」も、
発音が違うのに同じ記号「 r 」で表記している!

「発音が違うのに表記が同じ」という問題

そうなのです。

ややこしいことに日本語の「ら行」と英語の「 R 」の発音は、まったく違う発音なのに同じ記号で表記されているのが現実。

そのため、日本語から英語になった「ramen(ラーメン)」の発音を英語圏の人が発音すると[ ɹɑːmɛn ]になります。

逆に日本人が「right(右)」を発音すると[ ɾaito ]になります。

とは言え、これは仕方がないことです。

なぜなら、英語には[ ɾ ]の発音がなく、日本語には[ ɹ ]の発音がないため、[ ɾ ]と[ ɹ ]の発音を区別する必要がないから。

表記を別々にすれば「発音が違うこと」が伝わるが……

そのため、どちらも「 r 」というメジャーな記号に当てはめられるのです。

本当は「ら・り・る・れ・ろ」を次のように書くことで「英語のRとは違う音」ということが伝わるかもしれないのですが……。

「ら行」の表記例

ɾa / ɾi / ɾu / ɾe / ɾo

むしろ、ややこしいんじゃね?

そうなのです。

すでに普及している「 r 」とは別に「 ɾ 」まで使うと表記も似ているしややこしすぎるのです。

そのため、この一般的じゃない記号「 ɾ 」を使うより「 r 」を使った方がわかりやすいからこれを使っているんですよね(参考: Jones式発音記号について)。

「ら行」「 L 」「 R 」の違いとは?

では、「ら行」の子音である[ ɾ ]、そして英語の「 L 」と「 R 」の発音はどう違うのでしょうか?

最初に発音を比べてみましょう。音声データを作ったので、こちらを聞いてみてください。

この順番に発音しています。

3つの「R」の発音

  1. ɾa・ɾi・ɾu・ɾe・ɾo(日本語)
  2. la・li・lu・le・lo(「L」の発音)」
  3. ɹa・ɹi・ɹu・ɹe・ɹo(英語の「R」の発音)

「ら行」の子音[ ɾ ](歯茎はじき音)

まずは「ら行」の「 ɾ 」を発音するときの口の構えから見てみましょう。

「 ɾ 」の発音
「 ɾ 」の発音

自分の舌で確認しながら発音するとわかると思いますが、舌で上あごを(はじ)いていますよね?

舌先を軽く上あごに当てて、一瞬だけ「なでる」ような感じで。

そのため、日本語の「ら行」は「はじき音」と呼ばれます。

先述した[ ɖ ]の発音はここでは省略しています。

【参考】「ら行」にはいろいろな発音がある

日本語の「ら行」の子音[ ɾ ]がはじき音と書きましたが、実は発音には個体差があります。

なんと、人によっては英語の「 L 」の発音が現れる場合もあるのです。

英語史の専門家である堀田隆一 氏の記事から引用します(太字はヨスによる)。

意外と知られてないことだが,日本語母語話者の個人によっては,有声側面接近音 [l] に近い子音がラ行子音として用いられている.語頭や撥音の後で現われることが多いが,母音間でも側音に近くなる人もいる.ぴったりの音声標記はないが,有声そり舌破裂音 [ɖ] や 有声歯茎側面はじき音 [ɺ] や(接触が長い場合の)舌尖による有声歯茎側面接近音 [l̺] にも近いので,これらで代用する方法もある.有声歯茎側面はじき音 [ɺ] は,いわば [l] をはじき音化したものだが,タンザニアのチャガ語などで聞かれる子音である.

#1818. 日本語の /r/

発音記号で厳密に表すと、その人によって違う発音になるんですね。おもしろい!

「 L 」の発音(歯茎側面接近音)

ではお次は「 l 」の発音についてです。

「 l 」の発音
「 l 」の発音

[ l ]の発音は、舌先を上の前歯の根本に強く押し付けて発音します。

詳しくは「 L 」の発音は誰でもマスターできるという記事を参考にしてください。

「 R 」の発音(後部歯茎接近音)

そして、英語の「 r 」の発音こと[ ɹ ]についてです。

「 ɹ 」の発音
「 ɹ 」の発音

詳しくは「 R 」の発音についてをご覧ください。

[ ɾ ]の発音は英語にもある?

さて、日本語の「 ɾ 」と英語の「 l 」「 ɹ 」はまったく違う発音だということでした。

だから、日本人には「 l 」も「 ɹ 」の発音も難しいんですね!

では逆に、日本語の「ら行[ ɾ ]」の発音は英語にはないのでしょうか?

実はかなり近い音が英語にもあるのです。たとえば「water(水)」の中にあります。

カタカナ読みでは「ウォーター」と読みますが、これを英語(アメリカ英語に限る)では「ワラー」のように発音するのを知っていますか?

これは母音のあとに続く[ t ]の発音が「ラ」のように聞こえる現象です。

音声で聞いてみてください。

次の順番に発音しています。

発音した順番

  1. water」を普通に発音
  2. water」の[ t ]を[ ɾ ]で発音
  3. better」を普通に発音
  4. better」の[ t ]を[ ɾ ]で発音

実はこの「ラ」が日本語の「ら」の子音[ ɾ ]にかなり似ているのです。

アメリカ英語で発生するこの「 t 」の音声変化は、専門的には「Flap T((はじ)き音の『T』)」と呼びます。

「water」と「better」をそれぞれ発音記号で書いてみるとこうなります。

通常の発音フラップTによる音声変化
/ˈwɔːtɚ//ˈwɔɾɚ/
/ˈbɛtɚ//ˈbɛɾɚ/

[ d ]の発音にも聞こえるので /wɔːdɚ/ のように表記されることもあります。

音声変化「フラップT」についてはこちらの記事を!

まとめ

今回は日本語の「ら行」の子音[ ɾ ]に焦点を当てました。

英語にはない音ですが、「 t 」が「ら」のように聞こえる「water」や「better」などでは日本語の /ɾ/ に近い発音があるという話でした。

ぜひ発音をするときの参考にしてくださいね。

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アメリカ留学で言語に興味を持ち日本語教師に。その後、自分が「音声学」に猛烈に惹かれることに気づく。一般的には学ばない「日本語の音声」を学ぶことで英語の発音を習得し、独自の英語の発音習得メソッドを持つ。>>ヨスについて詳しくはこちら
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