ときどき、英語の「 L 」の発音は日本語の「ら行」と同じ……のように説明されることはありませんか?
でも、個人的な体験から言うと「ら行」は「 L 」の発音とはまったく違います!
「 R 」の発音と聞き間違えられることはあっても、「 L 」と聞き間違えられたことは一度もありません。
ではいったい、日本語の「ら行」は英語の「 L 」と「 R 」、どちらと同じなのでしょうか?
たとえば、日本の新しい年号である「令和」の「れ」の発音は「reiwa」、もしくは「leiwa」のどちらでしょうか?
今回は日本語の「ら行」は、英語の「 L 」とも「 R 」ともまったく違う子音だということについて紹介します。
目次
日本語の「ら」は英語の「 L 」と「 R 」のどちらに似てる?
日本人にとって難しい英語の発音と言えば、「 L 」の発音と「 R 」の発音ですね。
これは日本人に生まれたからには「呪い」レベルで一生まとわりつく苦難と言ってもいいかもしれません。
どっちも日本語の「ら行」に聞こえるんだけど!
……と叫びたい人も多いことでしょう。
さて、「 L 」と「 R 」のどっちの発音が日本語の「ら行」の発音なのかというと……?
どちらとも違うんです!
日本語の「ら行」の子音は[ ɾ ]
「どちらとも違う」と聞くと、こんなふうに思うことでしょう。
じゃあ日本語の「ら行」は何者!?
たしかにアルファベットで書くときに「ra・ri・ru・re・ro」のように書くので、英語の「 R 」の発音と同じだと思ってしまいますよね。
でも、実は日本語の「ら行」の子音と、英語の「 R 」の発音はまったく違い、発音記号も違うのです。
母音に挟まれた「ら」は[ ɾ ]
こちらが、日本語の「ら行」の子音の発音記号になります。
「ら行」の子音の発音記号
[ ɾ ]
「 r 」に見えますが、「 r 」とじゃっかん表記が違いますね。もちろん、表記ミスではありません。
[ ɾ ]は、日本語の「ら行」の正式な発音記号なのです。
ちなみにこの[ ɾ ]の発音になるのは、母音に挟まれた「ら行」です。
例
日本語は開音節言語であるため、「ら」は母音に挟まれることがほとんどですよ。
「語頭」と「撥音(ん)の後」に来る「ら」は[ ɖ ]
「ら行」の発音は、「語頭」に来るときと「撥音(『ん』のこと)の後に来るときは違う発音になります。
たとえば次のような場合です。
例
これらを発音するとき、[ ɾ ]よりも舌の位置が後ろで、舌先が少しだけ反り返っていませんか?
この「ら行」の発音を表記するために、言語学者の神山孝夫 氏は発音記号 [ ɖ ] を使っています。
舌先はややそり返っているんですね.そのため,このラ行子音をそり舌音(retroflex)の [ ɖ ] として扱うことにしたいと思います.
神山孝夫 著『脱・日本語なまりー英語(+α)実践音声学ー(2019年 大阪大学出版会)
「そり舌音」は次の図のように、舌先を少し反らせて上あごにくっつける発音になります。
多くの場合、日本語の「ら行」は母音に挟まれるため、本記事では「ら行」の子音を[ ɾ ]で紹介しています。
どちらも記号「 r 」を使うことが混乱の元である
では、今度は英語の「 R 」を発音記号にしてみましょう。
英語の「 R 」の発音は[ r ]と書くように思えますが、実は違う発音記号になります。
英語の「 R 」の発音記号
[ ɹ ]
ええー!「 r 」じゃなかったの?!
つまり、こういうことが言えます。
日本語の「ら行」も、英語の「 R 」も、
発音が違うのに同じ記号「 r 」で表記している!
「発音が違うのに表記が同じ」という問題
そうなのです。
ややこしいことに日本語の「ら行」と英語の「 R 」の発音は、まったく違う発音なのに同じ記号で表記されているのが現実。
そのため、日本語から英語になった「ramen(ラーメン)」の発音を英語圏の人が発音すると[ ɹɑːmɛn ]になります。
逆に日本人が「right(右)」を発音すると[ ɾaito ]になります。
とは言え、これは仕方がないことです。
なぜなら、英語には[ ɾ ]の発音がなく、日本語には[ ɹ ]の発音がないため、[ ɾ ]と[ ɹ ]の発音を区別する必要がないから。
表記を別々にすれば「発音が違うこと」が伝わるが……
そのため、どちらも「 r 」というメジャーな記号に当てはめられるのです。
本当は「ら・り・る・れ・ろ」を次のように書くことで「英語のRとは違う音」ということが伝わるかもしれないのですが……。
「ら行」の表記例
ɾa / ɾi / ɾu / ɾe / ɾo
むしろ、ややこしいんじゃね?
そうなのです。
すでに普及している「 r 」とは別に「 ɾ 」まで使うと表記も似ているしややこしすぎるのです。
そのため、この一般的じゃない記号「 ɾ 」を使うより「 r 」を使った方がわかりやすいからこれを使っているんですよね(参考: Jones式発音記号について)。
「ら行」「 L 」「 R 」の違いとは?
では、「ら行」の子音である[ ɾ ]、そして英語の「 L 」と「 R 」の発音はどう違うのでしょうか?
最初に発音を比べてみましょう。音声データを作ったので、こちらを聞いてみてください。
この順番に発音しています。
3つの「R」の発音
- ɾa・ɾi・ɾu・ɾe・ɾo(日本語)
- la・li・lu・le・lo(「L」の発音)」
- ɹa・ɹi・ɹu・ɹe・ɹo(英語の「R」の発音)
「ら行」の子音[ ɾ ](歯茎はじき音)
まずは「ら行」の「 ɾ 」を発音するときの口の構えから見てみましょう。
自分の舌で確認しながら発音するとわかると思いますが、舌で上あごを弾いていますよね?
舌先を軽く上あごに当てて、一瞬だけ「なでる」ような感じで。
そのため、日本語の「ら行」は「はじき音」と呼ばれます。
先述した[ ɖ ]の発音はここでは省略しています。
【参考】「ら行」にはいろいろな発音がある
日本語の「ら行」の子音[ ɾ ]がはじき音と書きましたが、実は発音には個体差があります。
なんと、人によっては英語の「 L 」の発音が現れる場合もあるのです。
英語史の専門家である堀田隆一 氏の記事から引用します(太字はヨスによる)。
意外と知られてないことだが,日本語母語話者の個人によっては,有声側面接近音 [l] に近い子音がラ行子音として用いられている.語頭や撥音の後で現われることが多いが,母音間でも側音に近くなる人もいる.ぴったりの音声標記はないが,有声そり舌破裂音 [ɖ] や 有声歯茎側面はじき音 [ɺ] や(接触が長い場合の)舌尖による有声歯茎側面接近音 [l̺] にも近いので,これらで代用する方法もある.有声歯茎側面はじき音 [ɺ] は,いわば [l] をはじき音化したものだが,タンザニアのチャガ語などで聞かれる子音である.
#1818. 日本語の /r/
発音記号で厳密に表すと、その人によって違う発音になるんですね。おもしろい!
「 L 」の発音(歯茎側面接近音)
ではお次は「 l 」の発音についてです。
[ l ]の発音は、舌先を上の前歯の根本に強く押し付けて発音します。
詳しくは「 L 」の発音は誰でもマスターできるという記事を参考にしてください。
「 R 」の発音(後部歯茎接近音)
そして、英語の「 r 」の発音こと[ ɹ ]についてです。
詳しくは「 R 」の発音についてをご覧ください。
[ ɾ ]の発音は英語にもある?
さて、日本語の「 ɾ 」と英語の「 l 」「 ɹ 」はまったく違う発音だということでした。
だから、日本人には「 l 」も「 ɹ 」の発音も難しいんですね!
では逆に、日本語の「ら行[ ɾ ]」の発音は英語にはないのでしょうか?
実はかなり近い音が英語にもあるのです。たとえば「water(水)」の中にあります。
カタカナ読みでは「ウォーター」と読みますが、これを英語(アメリカ英語に限る)では「ワラー」のように発音するのを知っていますか?
これは母音のあとに続く[ t ]の発音が「ラ」のように聞こえる現象です。
音声で聞いてみてください。
次の順番に発音しています。
発音した順番
- 「water」を普通に発音
- 「water」の[ t ]を[ ɾ ]で発音
- 「better」を普通に発音
- 「better」の[ t ]を[ ɾ ]で発音
実はこの「ラ」が日本語の「ら」の子音[ ɾ ]にかなり似ているのです。
アメリカ英語で発生するこの「 t 」の音声変化は、専門的には「Flap T(弾き音の『T』)」と呼びます。
「water」と「better」をそれぞれ発音記号で書いてみるとこうなります。
通常の発音 | フラップTによる音声変化 |
---|---|
/ˈwɔːtɚ/ | /ˈwɔɾɚ/ |
/ˈbɛtɚ/ | /ˈbɛɾɚ/ |
[ d ]の発音にも聞こえるので /wɔːdɚ/ のように表記されることもあります。
音声変化「フラップT」についてはこちらの記事を!
まとめ
今回は日本語の「ら行」の子音[ ɾ ]に焦点を当てました。
英語にはない音ですが、「 t 」が「ら」のように聞こえる「water」や「better」などでは日本語の /ɾ/ に近い発音があるという話でした。
ぜひ発音をするときの参考にしてくださいね。