舌打ちの音(歯吸着音)は「チッ」というカタカナでは表現できないという話

舌打ちの音(歯吸着音)
ヨス

執筆者

アメリカ留学で言語に興味を持ち、日本語教師の資格をとる。メディアなど掲載多数。著書は2冊。一般的には学ばない「日本語の音声」を学ぶことで英語の発音を習得し、独自の英語の発音習得メソッドを持つ。→ ヨスについてはこちら

イライラしたとき、ついつい舌打ちをしてしまいますよね。まぁ、行儀悪いですけど。

この舌打ちをするときの音ですが、日本語でどうやって表記しますか?

「チッ」とか「チェッ」と書きますが、本当に文字通り「チッ」と発音する人なんていませんよね(笑)。

今回は「舌打ち(歯吸着音)」はカタカナでは表現できないというお話から、英語の発音の勉強をするときに役に立つお話までガッツリ紹介しますね!

「舌打ち」について

前を歩いている人がタバコを吸っていて煙が流れてくるとき。

わたしの場合、こんなときについ舌打ちをしてしまいます

この「舌打ち」の音についてちょっと考えてみましょう。

舌打ち音ってどんな音?

まず、舌打ちの音について確認しておきましょう。

舌打ちをするときの音(=舌打ち音)は、こんな音のことです。

耳にするだけで、なんかネガティブな感情がわいてきそうな音だな!

あと、犬などに「こっちへ来い!」というときにも、舌打ちを使いますよね。

舌打ち音の表記

音を確認したところで、今度は舌打ちの音を文字で書いてみましょうか?

舌打ちの音の表記

  • チッ
  • チェッ

たぶん、漫画の中で舌打ちしているシーンがあれば、上のどちらかの効果音がカタカナ、もしくは平仮名で書かれているはずです。

「チッ」の表記では「本来の舌打ち音」を表記できていない

でも、この「チッ」の文字を文字通り発音してみてください

本当の舌打ちの音にはなりませんよね?

かと言って、舌打ちの音をほかのカタカナで表現しようとしてもうまく機能しません。「チッ」が一番似ていると言えます。

つまり、舌打ちの「本当の音」を表現することは日本語にある文字では不可能ということです。

英語で舌打ちの音はどう書く?

今度はせっかくなので英語ではどう書くのかについてです。

英語で舌打ちの音を文字として表記するときには「tsk」と書きます。

英語で舌打ちの表記は?

tsk

たぶん、英語圏の人にこの表記を見せて「読んで」と言えば、舌打ちの音を出すと思います。

でも、この舌打ち音のスペルが単語のなかで現れることはありません

舌打ち音は「非言語音」

ここで確認しておきたいのですが、日本語でも、英語でも「舌打ち音」は言葉として使われることはありません

言葉と同じく口から発せられますが、こちらのような「非言語音」に分類されるの一種ですよね。

非言語音

  • 笑い声
  • あくびの音
  • げっぷの音
  • くしゃみの音
  • せきの音

つまり、単語の中に「舌打ち音」が使われることがないという意味です。

たとえば、「チェック」という単語には「チェッ」という音がありませすが、舌打ち音の発音で「チェック」とは発音しませんよね(笑)。

ほかの言語では「舌打ち音」が言葉に使われることも

ところがです。「舌打ち音は非言語音」と書きましたが、これはあくまで日本語や英語での話になります。

この舌打ちの音ですが、実はれっきとした「子音」なんですよ!

はぁ? どういうこと?

どういうことかというと、アフリカの言語の中ではこの「舌打ちの音」が1つの子音として使われるということ。

厳密には「コイサン諸語(Khoisan Languages)」と呼ばれる言語です。この舌打ち音を子音として使うことを含め、人類最古の言葉の特徴を持つと言われています。

日本語では非言語音である「舌打ち音」ですが、言語によってはれっきとした「子音」として言葉の中で発音されるのです。

いやー、ビックリですねー!

言語音としての「舌打ち音」とは?

では、今度は言語音としての「舌打ち音」について見ていきましょう。

舌打ち音の発音の構造

この舌打ち音ですが、厳密には「歯吸着音(はきゅうちゃくおん)」と呼ぶ音声です。

この音声が出される仕組みですが、超・説明しにくいんですよね……。

まず舌尖と上の歯、および舌背と軟口蓋の2か所に閉鎖を作る。それから舌の中央および後ろを下げることにより、閉鎖された部分の気圧を下げる。その後に舌尖と上の歯の間の閉鎖を解放することで空気が急に口に入って吸着音が生成される[2]。

歯吸着音 - Wikipedia

「気圧を下げる」とか言われても意味不明だぞ!

日本語や英語にあるすべての音声は「空気を口から吐くときの息」を利用して発音します。

でも、この歯吸着音(舌打ち音)は、空気を口の中に吸い入れるような構造です。かなり特殊ですね。

でも、ほとんどの方はこんな説明しなくても発音できるはず。

舌打ち(歯吸着音)の発音記号

舌打ち音が「歯吸着音」という子音ということは、実は発音記号(国際音声記号)もあるということです。

IPA(国際音声記号)では「歯吸着音」をこんな文字で表現します。

「舌打ち」の音声記号

k͡ǀ

舌打ち音の発音記号
歯吸着音の発音記号

[ k͡ǀ ]の[ ǀ ]は、[ l(エル)] と同じに見えますが、[ l(エル)]とは長さが違うんです(笑)。

「L」と「歯吸着音」の記号の違い

エル → l ǀ ← 歯吸着音

表示されるフォントによっては限りなく同じだな……。

[ k͡ǀ ]を覚える必要はありませんが、ここで伝えたかったのは、舌打ちの音にもちゃんと発音記号があるということです。

子音なので「母音」をともなえる

そして、さらにマニアックに続けますよ〜!!

この舌打ち音が子音で音声記号があるということは、後ろに母音をともなえるということを意味します。

では、この子音に母音「あ・い・う・え・お」を付けて「舌打ちの『チッ』行」の発音をしてみましょう。

「ヨスよ、気が狂ったか!?」と思われそうな音声ですが、後ろに母音をともなうというのはこういうことです(笑)。

今の発音を音声記号で書くとこうなりますね。

音声記号で書くと?

[ k͡ǀa ][ k͡ǀi ][ k͡ǀɯ ][ k͡ǀe ][ k͡ǀo ]

ということで、舌打ち音(歯吸着音)は1つの子音なんだよということを覚えておいてくださいね。

上の発音記号で「う」が[ ɯ ]になっている理由はこちら

舌打ち音から学ぶこと

さて、「舌打ち音だけでよくもここまで語れるな……」と呆れられているかもしれません。

でも、この舌打ち音が持つ非常に変わった特徴を知ることで、英語の発音をよくするためにも有利になるんですよ。

その特徴とは、日本人なら誰でも発音できるのに「日本語で表記するすべがないという特徴です。

こんな特徴を持った音声を知ることで、以下で紹介する2つのことを学べます。

「日本語では表記できない音声」が存在すること

舌打ち音が日本語の表記としては表記する方法がないと書きました。

実はこれ、ほかにも同じような事例があるのです。

英語の「L」や「TH」の発音も表記できない

その事例とは、英語の「 L 」や「 TH 」の発音です。

英語の「 TH 」や「 L 」の発音は、よくカタカナで代用されますよね?

「TH」と「L」の例

  • healty(ヘル)
  • lion(イオン)

このカタカナの代用による問題について言わせてください。

「TH」の発音[ θ ]「 L 」の発音[ l ]も日本語には存在すらしない音です。

下記の図は日本語の基本子音の音声記号一覧ですが、[ θ ]も[ l ]もありませんよね?

日本語にある子音の表
日本語にある子音の表(※参照: 鼻濁音「か゜」ザ行には2種類ある

舌打ち音が表記と発音がかけ離れていても問題ないのは、日本人が普通に使っていて、誰でも発音できるから。

存在しているけど表記できない音」だから問題ないんです。

でも、「 L 」や「 TH 」は、日本語に存在自体しないのに、間違った発音に置き換えられているんですよね。

「発音記号」に頼るしかない

では、この問題をどうすればいいのかというと、わたしは「発音記号(国際音声記号)」に頼るしかないと思っています。

たとえば国際音声記号なら、日本語の「ら」の発音も、英語の「 L 」の発音も「 R 」の発音も、全部異なる表記ができるからです。

発音記号で表記した例

  • 日本語の「ら」の子音の発音記号 ……[ ɾ ]
  • 英語の「 L 」の発音記号……[ l ]
  • 英語の「 R 」の発音記号 ……[ ɹ ]

この「表記が違う」というのがポイントで、表記が違えば音声も違うだろうということが理解しやすいからです。

日本語で「light」も「right」もどちらも「ライト」としか表記できないことは、LRの発音の違いを理解する上で弁慶の泣き所になっているんですね。

ついでに書いておくと、よく見る[ r ]の文字はイタリア語などにある「巻き舌の『ラ』」の子音を表現しています。

母音と子音という概念が学べる

そして、もう1つ。

この舌打ち音を知ることで、母音と子音という概念がより深く学べます

「舌打ち音」って、この記事を読むまでは「言葉である」なんて想像したこともありませんよね?

でも言葉で使われる音で「子音」に分類されるんです。

日本人は子音と母音が理解しにくい

「子音」という言葉をこの記事で普通に使っていますが、「子音」は理解しづらいんですよね。

なぜなら、日本語には「子音」と「母音」を分ける必要がないからです。

日本語は常に「子音」と「母音」が合体している
日本語は常に「子音」と「母音」が合体している

上の画像のように「か」だと「子音: k + 母音: あ(a)」という2つの音声が合体しています。

通常では、「あ行」と「ん」以外は、すべて「子音+母音」という組み合わせであるため、特に「子音」というものが理解しにくいんですよね。

そこでこのように受け取ってください。

子音/母音とは?

  • 子音は「
  • 母音は「

でも、今まで「音としか思ってなかった音」である舌打ち音が子音と聞いて、このことが理解しやすくなったのではないでしょうか?

舌打ちの音が、まさか子音だったなんて(笑)。

日本語にない子音を受け入れやすくなる

「舌打ち音」という日本語にも英語にもない子音という存在を知りました。

そして、舌打ち音という存在によって日本語にない子音というものを受け入れやすくなったのではないでしょうか?

カタカナでは表記できない音声が外国語にはあるということを受け入れてくださいね。

まとめ

さて今回はこれでもかというほどマニアックな話でした。

でも、こういう知識があると、子音と母音がどういうものかということを理解しやすくなると思います。

こちらの記事もぜひ読んでみてくださいね。

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アメリカ留学で言語に興味を持ち日本語教師に。その後、自分が「音声学」に猛烈に惹かれることに気づく。一般的には学ばない「日本語の音声」を学ぶことで英語の発音を習得し、独自の英語の発音習得メソッドを持つ。>>ヨスについて詳しくはこちら
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