日本語には「ジ」と「ヂ」のように、同じ発音なのに違う表記があります。「ズ」と「ヅ」も同じですね。
これはなぜなのでしょうか? 実は日本語の音声の歴史と深い関わりがあるんです。
今回は、四つ仮名と呼ばれるこの4つの文字について、その使い分けまで詳しく解説します。
目次
「ジ」と「ヂ」・「ズ」と「ヅ」がある理由
日本語には1つの発音に対して2つの表記があるものがあります。
ざ行 | だ行 | |
---|---|---|
ji | ジ | ヂ |
zu | ズ | ヅ |
ここでは「わ / は」と「え / へ」については触れていません。
そうです。「ジ」と「ヂ」、そして「ズ」と「ヅ」です。
これ、不思議に思っていませんでしたか?
どちらも同じ発音なのに不要なんじゃないの?!
……というふうに。
この4つの「ジ」「ヂ」「ズ」「ヅ」という仮名をまとめて専門的に「四つ仮名」と呼びます。
「四つ仮名」が存在する理由
じつはこの四つ仮名ですが、もともとはぜんぶ違う発音でした。
「ヂ」の発音は「でぃ[ di ]」で、「ヅ」の発音は「ドゥ[ du ]」だったのです 。
ザ( z )行 | ダ( d )行 | |
---|---|---|
あ( a )段 | ざ [ za ] | だ [ da ] |
い( i )段 | じ=ずぃ [ zi ] | ぢ=でぃ [ di ] |
う( u )段 | ず [ zu ] | づ=でゅ [ du ] |
え( e )段 | ぜ [ ze ] | で [ de ] |
お( o )段 | ぞ [ zo ] | ど [ do ] |
つまり、発音が違っていたから表記も違っていたんですね。
「じ」と「ぢ」、そして「ず」と「づ」は、もともとは違う発音だった!
ちなみに、上の表を見る限り、本来「ダ・ヂ・ヅ・デ・ド」の発音を「ダ・ディ・ドゥ・デ・ド」と読む方が、実は音声的には正しいことがわかります。
「じ」の発音も本来「ずぃ[ zi ]」ですが今回は触れません。
「ジとヂ」「ズとヅ」の発音が同じになった理由
じつは、鎌倉時代あたりまでは「ダ・ヂ・ヅ・デ・ド」の発音を「ダ・ディ・ドゥ・デ・ド」と発音していました。
ところが、すべての言語には省エネ化していくという特徴があるので、「この発音って2つに分ける必要なくね?」というふうになって、同じ発音になってしまったということですね。
室町時代には混同が始まり、破擦音化されていき、江戸時代にはほとんど同化して、今では完全に同じ発音(摩擦音)になったというわけです。
そもそも、「摩擦音」と「破擦音」は聞くときには差がわかりづらいので、音声を分けなくても伝わることもあって、衰退したのでしょう(参考: 鼻濁音「か゜」)。
1695年刊の『蜆縮凉鼓集』には四つ仮名の正しい使い分けについて書かれていることからすると、当時から使い分けに苦労していたのがわかります。
ややこしいし、なくても問題ないから衰退したんですね。
そして現代では、音声がまったく同じなので「じ」「ず」に統一しても良さそうだけど、そこまで不便でもないから文字としては違いが残っているという感じでしょう。
地域によっては「四つ仮名」が現在も使われている
この「四つ仮名」ですが、驚くことに現在も発音として区別されている地域があります。
一番有名なのが高知県の一部地域。その地域の方言では発音としての区別が今もされているんです(厳密には九州、奈良、山梨の一部の地域にも残っているそうです)。
たとえば「富士(フジ)」「藤(フヂ)」「鈴(スズ)」「水(ミヅ)」という具合に発音を使い分けているんです。
表記としての四つ仮名の使い分け
発音に関して今まで述べてきましたが、今度は四つ仮名の表記についてです。
「鼻血」の「血」は、平仮名で「じ」と書くのか「ぢ」と書くのか、悩んだことはありませんか?
この「じ・ぢ」「ず・づ」の表記のルールについてまとめます。
必ず「ぢ」「づ」を使う場合
日本語(共通語)の「じ」と「ぢ」、そして「ず」と「づ」の音声の違いは完全に消失したことをお話しました。
どちらも「じ」、そして「ず」の発音に統一されたため、現実問題としては「ぢ」と「づ」の表記は不要です。
ところが、未だに表記するときには「ぢ」「づ」を必ず使わなければならないときがあります。
こちらの2つが「ぢ」「づ」を使うときのルールになります。
「ぢ」「づ」を使うルール
これだけではわからないので、もっと詳しく紹介しますね。
同音の連呼によって生じた「ぢ」「づ」
まずは、同音の連呼による「ぢ」「づ」の場合です。
つまり、同じ音が続く場合は、「ぢ」「づ」と書きます。これはルールを説明するよりも例を見たほうが早いですね。
- 同音連呼の「ぢ」
- 同音連呼の「づ」
ただし、「いちじく(語源がペルシャ語)」と「いちじるしい(旧仮名遣いでこう表記されていた)」はこの例には当たりません。
2語の連合によって生じた「ぢ」「づ」(連濁)
もう1つのルールが、2語の連合によって生じた「ぢ」と「づ」の場合。
これは連濁と呼ばれる音声変化のことで、2つの語がくっつくことによって音声が濁る現象のことです。
たとえば、鼻から出る血を「はなぢ」と言いますが、「ち」の音声が濁りますよね?
こういうふうに、連濁をする前から「ち」「つ」が使われていた単語は、そのまま「ち」「つ」に濁点を付けて表記されます。
- 連濁の「ぢ」
- 連濁の「づ」
ちなみに「おおつづみ(大鼓)」は連濁しません。連濁してしまうと「づづみ」になり濁点の連続になるため、それを避けるためです。
「痔」は「じ」「ぢ」?
「ぢ」という平仮名を見ると「痔」という病気を思い浮かべるかもしれません。
でも、現在では「じ」が正しいそうです(昔は「ぢ」と書いていたそうですが)。
ではなぜ「ぢ」の方で流通しているのかというと、痔薬販売会社のシンボルマークからだそうですね。
痔を平仮名で「ぢ」と表記することがある。痔薬販売会社のヒサヤ大黒堂がシンボルマークとして「ぢ」の文字を使用していることから広まったもので、本来の平仮名表記は「じ」である。ヒサヤ大黒堂のほか、痔治療薬「レンシン」(指定第2類医薬品)がこの文字を広告用のぼり等で使用している。
ぢ - Wikipedia
ちなみに、パソコンで文字を入力するときに「ぢ」で入力変換しても「痔」が出ますよ。
基本は「じ」「ず」だが「ぢ」「づ」も許容されている場合
日本語は非常に面白い言語で、表記に関しては世界一ゆるいです。
とくに、人名表記のゆるさには定評があって、「太郎」と書いて「はなこ」と読ませても問題ないというゆるさ(笑)。
もちろん四つ仮名においても、そのゆるさは残っています。それが、どちらを使っても良いというルールです。
厳密にはこんなルールがあります。
四つ仮名のルール
現代において2語に分解しにくいものなどは「じ」「ず」が本則で、「ぢ」「づ」が許容
つまり、もともと連濁だったものでも、もはや1つの語という意識が強すぎるものは、基本は「じ」「ず」だけど、「ぢ」「づ」でも許容するということです。
ではその例を見てみましょう。
- 「じ」が本則・「ぢ」が許容
- 「ず」が本則・「づ」が許容
驚くことに、上の例の単語達は、「じ」「ず」だけでなく、「ぢ」「づ」を使っても問題ないということです。
個人的には「世界中」を「せかいぢゅう」と書くと違和感がありますが、間違いではないということですね。
この違和感も、個人の「語感(ことばに対する感じ方)」で、「これは変!」とか「これはOK」というのは違ってきそうです。
【注意】「地」は「ち」「じ」の2つの音読みがある
ちなみに、よく勘違いされるのが「地」という漢字。
「ち」って読みますよね? なので、「布地」などを「ぬのぢ」って書きたくなってしまいます。
でも、「ぬのぢ」は誤りで「ぬのじ」が正解です。これはなぜなのでしょうか?
実は、「地」という漢字に、もともと2つの音読みがあるんです!! それが「ち」と「じ」です。
つまり「じ」は「ち」が濁った音ではなく、もともとある音なんですよ!
あと「図」ももともと濁った「ず」という音声です。
元から濁った音
ルールはないが「ぢ」「づ」が使われる場合
ルールとして厳密には決まってませんが、そのほかにも「ぢ」や「づ」が使われることもあります。
固有名詞
まずは「固有名詞」です。固有名詞というのは物や人の名前のことですね。
固有名詞の中では、自由に「ぢ」や「づ」を使用できますよ。
「ぢ・づ」が使われる固有名詞例
もちろん人の名前でも自由に「ぢ」や「づ」を使うことができます。
表現手段として
そして、漫画などの中の「表現手段」として「ぢ」「づ」が使われる例も見てみましょう。
たとえば、「表記としての面白さ」を表現するとき、キャラクターの個性を出すときなどにも「ぢ」「づ」が使われます。
「ぢ・づ」が使われる表現手段例
こういうふうに作品の中で表記を変えることは自由に行えますね。
ちなみに、おじいちゃんキャラが使う「〜ぢゃ」の表記ですが、歴史的仮名遣いでは正しく、大正時代の漫画や小説では「ぢゃ」の表記が使われていたそうです。
外来語
外来語の場合は、「ぢ」「づ」が使われることもあります。
たとえば韓国料理の「チヂミ(お好み焼きのような料理)」は、「ヂ」が使われますよね。
朝鮮語をカタカナ表記する際には「ヂ」が使用されることが多いそうです。
音声の読み
音声を書くときに「破擦音」の「ジ」には「ヂ」というカタカナを使用している書籍もあります。
これはこちらの2つの音声を表記として分けたいからでしょうね。
音声を分けたい
「vision」の「ジ」の発音は[ ʒ ]で、「bridge」の「ジ」は[ dʒ ]で別の発音になるんです。
そのため、どちらも「ジ」で書くと、同じ発音に見てしまうので、あえてこんなふうに表記を変えている本があります。
「ぢ・づ」を音声記号として使った例
ちなみに、「ザ行」には2種類の音があるという話も「ほほぉ!」と思ってもらえるはずです。
参考: 文化庁 | 国語施策・日本語教育 | 国語施策情報 | 内閣告示・内閣訓令 | 現代仮名遣い | 本文 第2(表記の慣習による特例)
まとめ
今回紹介した「四つ仮名」ですが、こういうネタを小学校とかで教えてもらったら、もっと言葉の面白さが伝わると思うんですよね。
高知県などで現在も四つ仮名を使っている地域の学校ではどうなんでしょうね?
学校で教えてくれたら、もっと方言に誇りを持ったり、興味を持ってくれそうです。
英語も日本語も、そう。言葉って面白いんです。
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