「あいうえお……」からはじまって、最後にたどり着く日本語の「ん」。
専門的には撥音とも呼ばれますが、今回はこの日本語「ん」の秘密にせまります。
実は無意識のうちに、6種類の発音を使い分けていることをご存じですか?
撥音(日本語の「ん」)について
まずは「撥音」という言葉から詳しく解説します。
「撥音」とは?
「撥音」とは、日本語の「ん」のことです。
ん?
そう。その「ん」という文字で発音される音のことを、専門的には「撥音」と呼びます。
日本語にある「撥音」の例
では撥音の例をいくつか見てみましょう。
撥音の例
このようにいろいろな単語に「ん」は使われています。
後述しますが、上で紹介した「ん」の発音はすべて違います。
「ん」の発音について
では「ん」の発音について紹介します。
専門的に「撥音」という名前が与えられるほど特別扱いされていますが、どんな点でほかの文字(音声)と違うのでしょうか?
理解しやすいように、まずは日本語がほとんどすべての発音に母音をともなう言語(開音節言語)だということから説明させてください。
日本語では子音のあとに必ず「a・i・u・e・o」をはさみますよね?
子音の後に母音が来る
「か」なら「ka」、「ぎ」なら「gi」「のように、常に「子音+母音」になります(参考: 子音だけを発音するとは?)。
「ん」は「あいうえお表」の中で唯一の子音
では「ん」はどうでしょうか?「あいうえお表」に「ん行」なんてありませんよね?
つまり「ん」は、「あいうえお表」の中で唯一の子音ということです。
この「ん」が子音という証拠に、うしろに「a・i・u・e・o」をくっつけると「ん行」ができます。
たぶん、この音声データを聞くとこんなふうに言われそうですが……。
おいおい!
頭大丈夫か?!
大丈夫だよ!(笑)
でも、これが「ん」に母音を付けた音です。
無理やり表記すると、こんな感じになりますね。
「ん行」の表記例
んぁ・んぃ・んぅ・んぇ・んぉ
「ん」の発音は1拍分をとる
「ん(撥音)」の発音にある大きな特徴が1拍分の長さをもつことです。
「ん」は子音だと紹介しましたが、子音でありながら、ほかの「かな」と同じだけの長さで発音します。
「1拍」がどういう意味かを示すアニメーション画像を見てください。
外国人が「Junichi」という名前を発音するときに「ジュニチ」と読んでしまうのはこの違いがあるからです。
詳しくは日本語と英語の「ん」の違いをご覧ください。
「ん」の基本的な発音
では基本的な「ん」の発音を見てみましょう。
ふつうに「ん」とだけ言うとき、口の中では次のようにして発音されています。
本来なら口から出す「声」を「のどちんこ(口蓋垂)」を使ってせき止めます。そして、「鼻」から声を出すのが「ん」の基本的な発音です。
上図のように、正式な発音記号では「 ɴ 」と書きます。大文字の「 N 」と同じデザインで少し小さい「 ɴ 」です。
では、いつも見ているアルファベット「 n 」の発音はどうやって発音するのでしょうか?
こちらです。
先ほどの「ん[ ɴ ]」とは舌の位置が大きく違います。
[ ɴ ]の場合は「のどちんこ」を使って声をせき止め、鼻から声を出していました。
それに対して[ n ]の場合は、舌先を「歯茎」と呼ばれる「歯の根本あたり」に当てています。
つまり「ん」と「 n 」はイコールではありません。
「ん」と「 n 」の違いについてはこちらで説明しています。
後ろに続く発音で「『ん』の発音」が変わる
「撥音(ん)」には、後ろに続く発音によって、「ん」自体の発音が変化するという特性があります。
「コンパクト」と「こんたん」の「ん」の違い
たとえば、次の2つの「ん」の発音の違いはわかりますか?
「ん」の違いがわかりますか?
ナチュラルスピードで読んでくださいね。
「コンパクト」の「ん」は口を閉じて言っていませんか?
逆に「こんたん」の「ん」は前歯の後ろのほうに舌を付けて発音してますよね?
後ろに続く「 t 」と「 p 」の影響
「コンパクト」の「ン」の発音は、後ろに続く「パ[ pa ]」の発音の影響を受け、唇を使って発音します。
そして「こんたん」の「ん」の発音は、後ろに続く「た[ ta ]」の発音の影響を受け、上の歯の後ろあたりを使って発音します。
次の図解のように「ん」の発音は、後ろに続いている音声(子音)と口の構えをそろえるのです。
つまり、次の2つの音を発音するときの口の構えが同じになります。
2つの口の構えが同じに
後ろにくる子音の発音に引きづられ、「ん」の発音が変化するということです!
ちなみにこの現象は日本語の「ん」にかぎったことではありません。詳しくは発音のコツは「次の発音の準備をする」をご参考に!
つまり文字としての「ん」は「鼻音にしなさい」という意味だと言えます。
日本語の「ん」の発音の種類
「ん」の発音が変化するというお話をしましたが、ではその変化としてどのくらいの種類の「ん」があるのでしょうか?
実は6種類の「ん」の発音があり、次の6つの単語に使われている「ん」はぜんぶ発音が違います。
6種類の「ん」の発音例
では、1つ1つの発音を詳しく紹介しますね。
ただし、ここで紹介しているルールは絶対ではありません。地域差、年齢差、個人差があります。
[ ɴ ]……「ん」だけを発音した場合
まずは[ ɴ ]の発音から紹介します。
これは、さきほど紹介した「基本の発音」で、「ん」だけを発音したときの発音です。
ほかにも、次のような場合は「ん」の発音が[ ɴ ]になります。
[ ɴ ]が現れる条件
「ん」が文末(語末)にくる場合というのは、次のようなときです。
例
この「ん」は[ ɴ ]の発音ですよ。
文末(語末)の「ん」で、「あ段」「い段」「え段」の後ろでは、あとで紹介する[ ŋ ]の発音になります!
[ m ]……「ん」の後ろに「ぱ・ば・ま行」が続く場合
次に紹介する「ん」の発音は[ m ]です。
「ん」の後ろにこの3つの発音がくるときの「ん」は[ m ]の発音になります。
「ん」に続く3種類の子音
[ m ]は唇を閉じて、口から出るはずだった声を鼻から出す音です。
例
「ぱ行」も「ば行」も「ま行」もぜんぶ、唇で作る音ですからね。
その発音に引きづられ、直前の「ん」の発音も唇で発音する「ん」になるというわけです。
[ m ]の発音についてはこちらもどうぞ。
[ n ]……「ん」の後ろに「た・だ・な・ら行」が続く場合
次に紹介する「ん」の発音は[ n ]です。
「ん」の後ろに、次の4つの発音がくるときの「ん」は[ n ]の発音になります。
[ n ]になるパターン
[ n ]は舌を上の前歯の根本あたり(=歯茎)に押し当てて、口から出るはずだった声を鼻から出す音です。
「t(た行)」「d(だ行)」「n(な行)」「ɾ(ら行)」のぜんぶ、専門的には「歯茎音」と呼ばれる発音ですね。
例
[ n ]の発音はこちらの記事をご覧ください。
[ ɲ ]……「ん」の後ろに「に・ち・じ」が続く場合
お次は「ん」の発音が[ ɲ ]になる場合です。
「ん」の後ろに「に」「ち」「じ」が続きとき、「ん」の発音は[ ɲ ]になります。
え? なに、この発音記号?
実はこれ、「に」の子音です。「な行」の音声記号を書くと次のとおりです。
「な行」の発音記号
na / ɲi / nu / ne / no
実は「に」だけ、子音が違うんですね。
「 n 」よりも後ろの方(「硬口蓋」と呼ばれる場所)に舌を持っていって、口から出るはずだった声を鼻から出す音です。
その[ ɲ ]が、「に」「ち」「じ」の前の「ん」でも使われます。
例
[ ŋ ]……「ん」の後ろに「か・が行」が続く場合
そして「ん」の発音が[ ŋ ]になるパターンを紹介します。
「ん」の後ろに「か行」「が行」「か゜行(鼻濁音)」がくるとき、「ん」は[ ŋ ]の発音になりますよ。
これは舌の根本あたりを上あごの後ろのほう(= 軟口蓋)につけ、口から出るハズだった声を鼻から出して作る音です。
たとえば次のような単語にある「ん」が[ ŋ ]の発音です。
例
あと、先述した文末(語末)に「ん」がくるときで、「ん」の前に「い段」「え段」「お段」の母音がくるときの「ん」にも[ ŋ ]が使われます。
例
発音記号[ ŋ ]についてはこちらもご覧ください。
鼻母音 ……「ん」の後ろに「あ・や・わ・さ・は行」が続く場合
最後に「ん」の発音が「鼻母音」になるパターンを紹介します。
鼻母音というのは、口と鼻の両方から音声を出す発音です。
この図のように、鼻と口の両方から音が出ますよ。
「ん」の後ろに次の行が来るときは、「ん」が「直前の母音を鼻母音化した発音」になります。
鼻母音になるパターン
たとえば、次のような単語にある「ん」が鼻母音になります。
例
発音記号では、たとえば「a(あ)」が鼻母音化すると[ ã ]、[ え ]だと[ ẽ ]のように、母音アルファベットの上に「 ~ 」を書きます。
「談話(danwa)」なら、[ daãwa ]のような発音記号で表されるということです。
「だ[ da]」の[ a ]を発音し、その[ a ]が鼻母音化した「ん[ ã ]」を発音し、「わ[ wa ]」を発音します。
なお、鼻母音についてはこちらで詳しく紹介しています。
日本語の「撥音」にあるルール
では、日本語の「撥音」にあるルールを見ていきましょう。
撥音は語頭にこない
まず、撥音は語頭にこないというルールがあります。
「しりとり」でも「ん」がきたら負けになるように、「ん」からはじまる日本語はないのです。
単語として語頭にこないだけで発音は可能
単語として日本語には「ん」からはじまる言葉はありませんが、日常では使われます。
たとえば、疑問に思ったときに「ん?」と言う人は多いのでは?
ほかにも次のように言えますよね。
「ん」からはじまる言葉
外来語・琉球語では「ん」からはじまる言葉もある
「ん」からはじまる言葉が日本語にないだけで、外来語や琉球語にはふつうにあります。
たとえば次のような例があります。
「ん」からはじまる言葉の例
琉球語に関しては、沖縄国際大学うちなーぐち講師の比嘉光龍さんの書籍が参考になりますよ。
撥音の前に促音はこない
撥音の2つ目のルールは、「ん」の前に促音(っ)がこないこと。
たとえば「あっん」みたいな言葉は日本語にはありませんよね。
発音しようと思えばできますが。
撥音は長音化できる
発音の3つ目のルールは、伸ばして発音できること。
撥音を伸ばして発音することで長音化できます(参考:長音とは?)。
たとえば「んー」というふうに、発音できますよね。
発音の後ろに来る「ざ行」は破擦音になる
発音の後ろに「ざ行」がくるとき、摩擦音である「ざ行」が、破擦音に変化します。
たとえば「かんざし」や「かんじ(漢字)」と発音するときの「ざ」や「じ」の発音のことです。
マニアックですが、詳しくは次の記事をどうぞ。
撥音のローマ字(アルファベット)表記
では、最後に撥音のローマ字(アルファベット)表記についても見てみましょう。
撥音のローマ字表記
撥音をローマ字表記するときは「 n 」を使います。
基本は「 n 」で表記
基本的には「 n 」を使って、次のように表記します。
例
【ヘボン式ローマ字のみ】「 m 」「 p 」「 b 」の前の「撥音(ん)」は「 m 」になる
ヘボン式ローマ字では、「 m 」「 p 」「 b 」の前の「ん」は「 m 」で書きます。
訓令式ローマ字(小学校低学年で習うローマ字)の表記にはこのルールがないので、両方を比較してみますね。
訓令式 | ヘボン式 | |
---|---|---|
散歩 | sanpo | sampo |
新聞 | sinbun | shimbun |
爛漫 | ranman | ramman |
【注意】「撥音(ん)」の後に「や行/母音」がくるときは「’」か「 – 」をはさむ
「撥音(ん)」のあとに「や行」や「母音」がくるときは、次のように「 n 」のあとに「’」か「 – 」をはさみます。
例
ローマ字ではなく、英語で書くときは入れないことがほとんどですが、個人的には入れるのをオススメ。
英語に撥音はあるの?
さて、日本語の促音について紹介してきましたが、英語にも撥音はあるのでしょうか?
撥音という言葉は日本語にのみ使うため、英語にはありません。
よく混同される英語の「 n 」は、基本的にすべて[ n ]の発音です。
さらに、英語には「拍」という概念がないため、日本語の撥音(ん)とはまったく違います。
「 n 」と「ん」の違いについてはこちらをどうぞ。
まとめ
今回は日本語の「ん」にはいろんな発音があることについて解説しました。
こんな発音の違いがあるにも関わらず、わたしたちは瞬時に、そして無意識に発音しているという不思議。
文字表記的に「ん」と「 n 」も似ているように見えるのもおもしろいですよね!
ほかにもこんな記事もお好きかも? ぜひご覧ください。
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